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歩く? 走る? 目的なくひたすら進むと見えてくる町の姿 第4回 歩け歩けの大阪&京都

旅エッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』の勢いが止まりません。
具体的で有益な情報と旅心を刺激するエッセイが旅渇望者の心を摑み、発売から1年以上を経て版を重ね続け12万部に。
国内外の食へのあくなき探求心はもちろん、好奇心にあふれる料理研究家の山脇りこさんが、
訪れるほどに深みにはまるという関西エリアを案内します。
今回は、神戸の旅に触れた第3回に続き、ひたすら「歩く」大阪と京都の楽しみ方についてご紹介します。

イラスト/丹下京子 写真/山脇りこ

第4回 歩け歩けの大阪&京都

「梅田からナンバまで」を口ずさむ

 大阪では必ず、かならず(関西では、よく2回言いますよね)、御堂筋を北から南へ、梅田から難波へ、歩くか走る。
 そして梅田からナンバまで、御堂筋を散歩しましょうと歌う、ブルースの名曲を口ずさむ。何回もサビだけ脳内リフレインしてしまう。するとなんでか胸が熱くなるのですよ、大阪人でもないのに。
 それが有山じゅんじ氏の名曲「梅田からナンバまで」。なんてことない、大好きな彼女とデートする喜びの歌。デートのその日が雨なのもいいし、〝君に会いに行こう″とか、〝待ち合わせ″とか、〝うきうき″とか〝ドキドキ″とか、そんなことは遠い昔のことだからか? 月並みな言葉なのに、何回聴いてもきゅんきゅんする。そして、どこか切ない。
 気になる方は、なにわブルースフェスティバルのYOUTUBEで見て聴いてください。このYOUTUBEが、うらやましくなるくらい楽しそうで、そしてやっぱりちょっと切ない。このちょっと切ない感じが、大阪の魅力だと私は勝手に思っている。
 なんでやねーん、と心の底から残念そうにぼそっとつぶやく、繊細で小心で不器用な大阪の男が歌にもドラマにもよく出てくる、気がする。私がそういう人が好きだからかもしれないけど。  
 この歌も、そんなやつの歌で、なんかこのあとフラれそうな予感が。そうしたら、いいんだよー、もっともっといい子が現れるからさ、とハグしよう。たぶん裏読み不要の普通にハッピーな歌なのに、ちょっとだけ哀しいのだ。妄想にも程があるか。

御堂筋を歩こう! いや走ろう?

 話はそれたが、この歌で散歩するのが御堂筋で、北の梅田つまりJR大阪駅あたりから、南の難波への1本道だ。歌では、映画もいいけど、やっぱり御堂筋を腕組んで歩こうよ、そっちがいいよーと歌われる。そうなんですよ、御堂筋はまーっすぐただ歩きたくなるのです。
 というわけで、この日も、梅田から難波まで御堂筋をまっすぐ。歩く、のではなく、ひとり朝ランした。スタートは大阪駅前のヒルトンホテルあたり。難波駅までだいたい5キロ弱。歩道が広くてへっぽこランナーも走りやすい。
 大阪のど真ん中なのに、昭和感たっぷりの自転車で走るおっさんやおばちゃんもいる。ベンチや彫刻アートも点在していて、時折足を止めて見入ることも。  
 走りだしてしばらくすると、大江橋、そして淀屋橋。真下は「中の島ブルース」(クールファイブの名曲、2番が大阪の中之島)の中之島だ。中之島は、中之島図書館も中之島美術館も大好物なので橋を降りたくなるが、今日は御堂筋を行く。
 本町を過ぎたら船場せんば。江戸時代からの大阪の商いの中心で今は問屋街でもある。このあたりが舞台の山崎豊子の『ぼんち』や『花のれん』は面白くてやめられなかった小説ベスト10に入る(私比)。
 以前、中之島美術館で見た『大阪の日本画』という展示では、日本画にも船場派と呼ばれる画家たちがいて、船場の豪商に依頼されて描いていたという。日本のメディチ家みたいだなと思った。江戸時代、淀屋橋は豪商・淀屋さんが作ったというのも有名なお話。
 さらに南下すると心斎橋。ファサードが美しい大丸心斎橋店をすぎると、雰囲気がガヤっとざわっとしてくる。難波に向かって左手が道頓堀だ。ここから変わる、というようなことではなく、なんとなく肌にエリア感がじわっとくる。
 御堂筋は台北の中山北路あたりにも似ているな、と思う。広い6車線道路なのに北から南への一方通行で、並木が美しく、新旧のビルが立ち並ぶ様子はNYのパークアベニューのようでもある。さしずめグランド・セントラル・ターミナル(グランド・セントラル駅)が難波か。
 帰りは歩いて道頓堀の方へ行き、法善寺にお参りして、開いていたチェーンの店でコーヒーを飲んだ。走った後のヘロヘロの状態&恰好でコーヒーを飲んでも、おとがめなしで、ああ大阪って好き。というか、東京でもとがめられないんでしょうけど、大阪は安心してくつろげる。許してくれている感じがする。この許してくれる感も大阪の魅力だと思う。
 ふと思い立って、大胆にも心斎橋から淀屋橋まで地下鉄に乗って(ランニングスタイルで!)そこから20分ほど歩き、『うどん讃く』へ。朝7時からやっているうどん屋さんと聞いて行ってみたかったのだ。かけうどん450円で朝ごはんをキメた。誰に会うわけでもない、会うはずもない、すっぴんで、汗香るまま、ひとり朝うどん。おばちゃんにやさしい街だ、なかなかいい。

ただ歩く効用ってあると思うんだ

 歩くこともある。梅田から難波までは私の足では1時間20分くらいかな。途中、問屋さんが集まったビル、迷宮のような船場センタービルをうろうろして、キラキラのドレスなどを眺め、こういう服のニーズはどこに? なんて思う。午後4時から開いている10号館地下のりん堂さんで1杯もいい。
 梅田を背にして左側に1本入った、せんば心斎橋筋商店街を行くのも楽しい。昔ながらの呉服屋さんというか呉服と洋品店のダブルみたいな店がいくつかあり、着物の半衿や足袋はいつもこのあたりで買う。私調べではどこよりも安い上に、モノもしっかりしている。そして御堂筋にもどる。
 以前、相方の留学にくっついてNY・マンハッタンに住んでいた時も、北から南にただ歩く、東から西にただ歩く、をしょっちゅう一人でやっていた。
 どうやら私は、北から南へ、東から西へと続く1本道を見ると歩きたくなるみたいだ。目的はなく、ただここをまっすぐ歩いてみよう、と。
 マンハッタンは、交互に一方通行(それも大阪に似ている)で、アベニューは南北の通り、ストリートは東西の通りで碁盤の目になっている。それをただまっすぐ歩いてみるのだ。
 バスも通りごとに走っているので、同じことをやった。何も考えずに、例えば7thアベニューを北から南へ走るバスに、ただただ乗ってみる。路線バスを私の観光バスにする、って感じ。これがとても楽しくて、どうしても気になる店があったら、次のバス停で降りて行ってみた(NY観光でもおすすめです)。
 そしてなによりも、これをやると街を把握できた気がした。ざっくりとエリアごとに特徴があってそれが見えてくる、いや感じられる。
 特に、歩いたときは、いつもなにか発見があった。行ってみたい店だけでなく、いろんなことに気がつく。スパニッシュハーレムに近い小さなストアでは、生鮮品がなくてレトルトと加工品ばっかりだな、生鮮品は贅沢なのか? とか、去りがたい景色に、子供のころのふるさとを思い出したり、マンハッタンにもハナカイドウが咲くのかと発見したり、まあなんでもないことだけれど。
 歩けば、いろいろ目にしながら、自分とふたりで話すから、自分を深掘りできるのかもしれない。

淀屋橋御堂筋
淀屋橋御堂筋
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山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

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