2023.3.20
漂白された出会い系? 経営学者がマッチングアプリに連戦連敗して見抜いた本質とは
高橋さんが提唱するのは、競争せず気楽に稼ぐ「そこそこ起業」。
前回は、高橋さんの趣味である「釣り」および「魚をさばくこと」から〈そこそこ起業〉の本質に迫りました。
今回は、番外編。昨年末に『大学教授がマッチングアプリに挑戦してみたら、経営学から経済学、マーケティングまで学べた件について。』を出版した高橋さんが、マッチングアプリのビジネスモデルを考察します。

10年前の話
「なるほどね、上手いことやったもんだ」
2013年の春頃、私は初めて購入したスマートフォンのiPhone4Sの画面を見つつ唸っていました。
原因は、当時国内で登場し、爆発的に普及し始めたマッチングアプリです。
この時、就職して11年目、企業家研究の研究者になって15年目。イノベーションの事例を探し求めて、面白そうな新製品・新サービスを探すのは習慣になっていました。
その私の「面白そうなものレーダー」に引っかかったのが、この時期に爆発的に普及し始めたマッチングアプリでした。とりあえずインストールして触り始めていました。
この時の私の年齢は38歳です。「そろそろお前、結婚しろよ」と友人や両親から言われなくなるどころか、腫れ物のようにその手の話題には気を使われ始めていました。この頃、大型の研究プロジェクト2件に中心メンバーとして参加していて、ほぼ毎月学会報告か論文の締め切りに追われていました。たまの休みといえば、フライロッドを抱えて山奥へ避難するか、まだ見ぬラーメンを求めてバイクを走らせるのかの二択です。まずは一人になり、研究から離れて別のことに没頭して脳と精神を休めるのが最優先だったのですが、私も一応男です。生活に少しは彩りと潤いは欲しくなるものです。そこで興味を持ったのが、マッチングアプリだったわけです。
マッチングアプリは、基本的に個人のプロフィールを細部に至るまで登録しているデータベースであり、ユーザーは自分の望む条件を設定し、好みの条件に合致した異性を検索し、アプリを通じてコミュニケーションをとれるという機能があります。
当時の売り込み方は新しいSNSという形だったと記憶しています。確かに、TwitterやFacebookのような当時既に普及していたSNSでも、ユーザー間でメッセージのやり取りができる機能を有しており、Linkdinのようにビジネス上のネットワーク支援に特化したSNSサービスも登場していました。これらのSNSサービスの発展形として「異性間の出会い」の機能に特化したのがマッチングアプリである、というわけです。
「これは、漂白された出会い系サイトだな」
ところが、 アプリをダウンロードし、使える状態までセッティングしてどのような機能があるのかを確かめているうちに、このアプリの正体が見えてきました。アプリの機能面では確かにSNSの派生型かもしれませんが、課金を含めたビジネスモデルとしては、ほぼ出会い系アプリを踏襲していたのです。 FacebookやTwitterなど通常のSNSサービスの収益源は、膨大な顧客データベースをもとにした広告料収入です。
それに対してマッチングアプリは、プロフィールを登録してデータベースを検索するまでは無料ですが、マッチングしてメッセージのやり取りをするためには有料会員登録をして、月会費を支払わなければなりません。また、会員種別毎に一ヶ月に送ることができるマッチングの申込みやメッセージのやり取りに上限があり、その上限を超えてサービスを利用するためには会員種別をランクアップするか、課金して権利を買う必要があります。つまり、広告料収入ではなく、ユーザーからの直接課金を収益源としているわけです。
身元確認を必須として、出会い系サイトにある怪しい機能を全て排除するとともに、新たなSNSサービスとしてブランディングすることで漂白する。そうすることで、「アンダーグラウンド市場」から「婚活市場」にターゲットを変え、マッチングアプリは結婚適齢期の人々の日常に侵入することに成功したわけです。
企業家研究の古典的名著である『経済発展の理論』を著したシュムペーターは、イノベーションのパターンの一つとして、「新しい生産方法の導入、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これは決して科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取扱いに関する新しい方法をも含んでいる」と指摘しています。マッチングアプリは、我々の日常に漂白された(出会い系サイト=マッチングアプリという)破壊的技術を持ち込むことで、婚活市場そのものを作り上げたのかもしれません。