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天才・濱慎平がつぶやいた「こんなんもう手の運動やん……」【学歴狂の詩 第2回】

稀代のカルト作家として人気を集める佐川恭一さんによる、初のノンフィクション連載。
人はなぜ学歴に狂うのか──受験の深淵を覗き込む衝撃の実話です。

前回はプロローグとして、佐川さんが学歴狂になった経緯が語られました。
今回は佐川さんが出会った中でも随一の「天才」の驚きのエピソードです。

また、各話のイラストは、「別冊マーガレット」で男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』連載中の凹沢みなみ先生によるものです!
お二人のコラボレーションもお楽しみください。
イラスト/凹沢みなみ
イラスト/凹沢みなみ

東大寺学園合格者がどれぐらいいるか?

 前回、私という「田舎の神童」が進学校に合格するまでの軌跡を紹介した。そこで書いた通り、私は自分を世界最高レベルの頭脳の持ち主だと思い込んだまま、自信満々で某R高校に進学した。

 私がはじめに気にしていたのは、他に東大寺学園合格者がどれぐらいいるかということだった。私は「ベテランち」なる灘→東大理三YouTuberの動画をしばしば観ているが、ベテランち先生によれば、東大寺は「真面目やけど灘行けへんかった奴」程度のイメージらしい。だが、クソ田舎のアホだった私は東大寺というのがビカビカに輝く勲章だと考えていた。東大寺合格者なら、世界最高の頭脳を持つ私には勝てないにしても、スパーリングの相手ぐらいにはなるだろう……私はマジのアホだったので、本気でそう考えながら教室の椅子にどかんと座っていた。だが、はじめの中間テストで私の目算が完全に誤っていたことを思い知らされることになる。某R高校の特進上位コースは2クラスで合計104人、その中で私の順位は39位だった。ベスト5には間違いなく入ると思っていた私は震えた。他にも中学では負け知らずっぽい人間が集まっていたので、恐らくかなりの者が結果に震えていただろう。ここから私は自分の能力の凡庸さを認め、戦略を細かく練り直していくことになる。

 これまでノリにノッていた人間がたった一回の試験で自分の敗北を受け容れることなんてできるのか、という疑問も当然あるだろう。しかし、私たちは比較的容易に自分の現実的な立ち位置を認めることができた。なぜなら、マジモンの天才がクラスにいたからである。名は仮に濱慎平としておこう。結果から言えば、彼は一発目の中間テストでトップに立って以降、一度もその座を譲ることなく三年間を駆け抜けた。それぞれ九教科だったか十教科だったか忘れたが、中間も期末もほとんどすべての回において「一教科少なくても一位」という圧勝ぶりだった。高一の文系理系がまだ分かれていない時期には物理や化学でも圧倒的な力を見せ、後の国公立医学部合格者までも軽くひねっていたのである。

 私がはっきり覚えているのは、物理のテストの難易度がヤバすぎた時のことだ。ハナから文系と決めていた私だったが、一応「橋元の物理をはじめからていねいに」という本をちゃんとやる程度には対策していた物理で、手も足も出ず三十点を取ってしまった。その時理系バリバリの物理大好き男が六十点で全体の二位となったのだが、その時濱は、なんと九十五点で一位だったのである。私はその時、こいつにはもう何をしても勝てない、と白旗を上げた。

 濱は数学でも大学受験レベルで使えるのかわからない独自の解法を編み出すので、ノートを見せてもらってもわからないことが多かった。一度、濱が黒板に書いた解法を数学教師が全く理解できないことがあり、教師が「すまん濱、これ説明してくれるか」と頼み込んだことがある。濱本人の解説によってぼちぼちそれを理解できる生徒が現れ始め、私たちの間ではだんだん「なるほど」という空気が広がっていったが、教師はなんと、その授業が終わる頃にもまだ理解できず、「もうダメだ、先生ほんとにわかんないぞ。もうみなさんのほうが賢いのかもな……」と寂しそうにつぶやいて教室を出て行った。

 恐ろしいのは、濱本人は物理も数学も「どちらかといえば苦手」という認識だったことである。濱が本当に得意なのは日本史と世界史だった。濱は重度の歴史オタクで、彼にとって歴史を勉強することは一般人がドラクエをやるレベルの息抜きだった。物理や数学をやって疲れると、日本史や世界史をやって「休む」のである。つまり、意図せずしてすべての活動時間を受験勉強に充てることができたのだ。濱は誰もが認める東大理三レベルの人間だったわけだが、本人は京大文学部で歴史を研究したいと言っていた。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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