2026.5.28
韓国史上最悪のデジタル性犯罪「n番部屋事件」の解決に貢献した「追跡団火花」。その正体は、女子大生二人組だった。
氏の趣味でもあるノンフィクション乱読から、読む者を異世界へといざなってくれる本をセレクトして紹介する書評連載です。
第6回は、「追跡団火花」著『n番部屋を燃やし尽くせ デジタル性犯罪を追跡した「わたしたち」の記録』を取り上げます。
性犯罪者が集うチャットルームに潜入した女子大生
韓国を震撼させた「n番部屋事件」をご存じだろうか? 「n番部屋」とは、秘匿性の高いチャットアプリ「テレグラム」内に実在したチャットルームを指す。そこでは、「ガッガッ(神神)」と名乗る主犯格ら複数の男たちが未成年者を含む女性を脅迫して入手した性的な画像や動画を投稿し、有料で販売していた。
2018年から2020年にかけて行われていた韓国史上最悪とされるデジタル性犯罪事件は、日本でも話題になった。しかし、この事件の解決に大きな役割を果たしたのが女子大生二人組ということは、ほとんど知られていない。
ふたりは「追跡団火花」というユニットを結成し、性犯罪者たちを追う。今回は、そのふたりによるノンフィクション『n番部屋を燃やし尽くせ デジタル性犯罪を追跡した「わたしたち」の記録』(著:追跡団火花、訳:米津篤八・金李イスル/光文社)を紹介しよう。
「追跡団火花」のメンバーは、プルとタン。ふたりは記者志望の大学生で、就職活動の際に有利になるだろうと、「真相究明ルポ」のコンクールに応募することにした。そのテーマを「盗撮」に決めたことで、意図せずして韓国を揺るがす性犯罪者と対峙することとなる。
もともとデジタル世界に精通したスキルや知識を持っていたわけではないふたりは、ググるところから手を付ける。言ってみれば、誰でも容易にたどり着くことができるオープンな情報から、テレグラムのチャットルーム「コダム(Gotham)部屋」に足を踏み入れたのだ。
盗撮データに関するチャットで賑わう「コダム部屋」のなかには、20以上の派生ルームがあった。「見たこともないような残忍な動画」が共有されていたその派生ルームのなかでは、「ガッガッ」が運営する「n番部屋」に通じる認証条件がランダムにアップされていた。
ふたりは「テレグラムを始めてから5時間でリンクを入手」して、「n番部屋」に潜入する。「n番部屋」はさらに複数に分かれていて、そこでは「奴隷」と呼ばれていた少女たちの筆舌に尽しがたい画像や動画が販売されていた。「ガッガッ」の罠にかかり、脅されて、少女たちが自ら撮影したものだ。
言葉を失ったふたりは、この犯罪がまったく報じられていないことを知り、葛藤する。自分たちが取り上げることで、二次被害が広がるのではないか……。それでも放っておけないと立ち上がり、情報を集めて警察に駆け込むところからこの物語はスタートする。
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虚しさと無力感に襲われて
この事件をまったく把握していなかった警察は、彼女たちの通報をきっかけに捜査を開始。ふたりは警察と連携し、証拠集めに奔走する。チャットルーム内で盗撮被害者に対する加害行為、盗撮動画を流布している画面をひたすらキャプチャーして、警察に送るのだ。それは毎日「深夜3~4時まで、1日平均5時間ほど」に及んだ。
それまで普通の大学生として暮らしてきたふたりが、この世の地獄のような光景をチェックし続ける日々はどれほどのストレスだったろう。この心労に耐えられたのは恐らく、ふたりの情報をもとに警察が動き始めて、悪質なユーザーを逮捕し始めたからだ。
ふたりは「n番部屋」を発見してから2カ月にわたる出来事をまとめて「真相究明ルポ」に送り、2019年9月、優秀賞を受賞する。この受賞に注目した人物が2名いた。ひとりは「コダム部屋」の運営者「ウォッチマン」で、プルとタンの実名が記されている受賞を伝える記事を仲間内で共有した。彼女たちは自分たちの存在が性犯罪者のコミュニティに知られることに怯えながらも、「被害者がさらに増えるような事態だけは防がねばならない」と証拠集めを続ける。
もうひとりは、新聞記者。プルとタンが取材に応えたことで、「ガッガッ」の「n番部屋」を模倣した「博士部屋」についての記事が掲載される。ところが、これで世論に火がつくだろうという彼女たちの期待に反して驚くほどに世間の反応は乏しく、チャットルームのユーザーはどこ吹く風で被害者を弄んでいる。やがてふたりは「虚しさと無力感に襲われ」、「テレグラムのアプリを消そうかとも悩んだ」。
そうして「私たちの中の火花が少しずつ消えかかっていたころ」、別の新聞記者からの提案を受けたことで風向きが変わる。事件についてではなく、事件を追ったふたりの「n番部屋追跡記」の新聞連載が始まったのだ――。

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