2026.7.16
吉本ばななのnote炎上から考える、対話しきれなかった関係性と、それでも突き進まざるを得ない人生
前回、YouTuberヒカルによる「オープンマリッジ宣言」を徹底分析しました。
今回は、山下さん自身について「誤解に満ちた」文章を書かれた経験から学んだことを綴ります。

記事が続きます
当事者との対話を経た文章か、一方的に語られた文章か
人生なんて対話の不全に満ちている。
先月、小説家の吉本ばななさんが「クラウディクラウドファンディング」というタイトルの有料noteを公開し、大きな話題になった。母や姉との複雑な関係、姉の介護をめぐる葛藤や不安、実家の経済事情——そんなごくごく私的なことが2万字以上の言葉で綴られていて、それは私小説とでも呼ぶべき文章だった。その反響を眺めていると、圧倒的なまでの筆力に胸を打たれた人もいれば、「家族といえどここまで一方的に書いていいのか」と批判を口にする人もいた。
その批判の根底には、「これは当事者との対話を経た文章なのか、それとも一方的に語られた文章なのか」という問いがある。私小説的な文章が公開されたとき、それが書き手の一方的な目線からしか語られていないことに注意深くあれという倫理観は、SNS時代における双方向的なコミュニケーションの発達とともに年々高まっているように思う。
僕自身も3年前に、実際に自分が関わった人たちをモデルにした私小説を出版したことがある。文章を書き終えるところまではひとりで勝手に書かせてもらったが、その文章を公開する際には、書かれた側の人に全文を見せて許諾を取るようにした。何万字もの言葉を尽くしたところで、結局は自分にとって都合のいい切り抜きの域を出ないと思ったからだ。
私小説的な文章を公開するにあたって、書かれる側への配慮はもちろん必要なことだと思う。許諾も取れるなら取れたほうがいい。しかしその文章が一方的な目線から書かれていること自体は、必ずしも悪いことではないと思うのだ。そんなことを痛感させられたのは、自分が私小説を書いたとき、ではなく反対に、僕自身について勝手に書かれた文章を読んだときのことだった。
*
僕についての文章を書いて勝手に発信していたのは、バーで働いていたときにお客さんとしてやってきた、とある女性だった。
3年ほど前、僕は新宿ゴールデン街という、300前後の店が連なる飲み屋街にあるバーで働いていた。当時、集英社のWebサイトで私小説を連載しながらバーテンをしていたので、店に入ってくるなり「文章のファンです!」と声をかけてくれるお客さんがたまにやってきた。
働きはじめた当初はそのことが素直に嬉しかったが、時間が経つにつれて、バーという場所においては、ファンと名乗る人は必ずしも歓迎したいお客さんとは限らないと思うようになった。「ファンと作家」という関係のなかで人と人とが出会ってしまうと、自然な会話をすることが難しくなってしまうことが多いからだ。
たとえば、僕の文章のファンだという20代の女性が飲みに来てくれた日のことだ。その女性は一人で来るのは緊張するからと、同い年くらいの友人を連れてやってきた。友人のほうは当然、有名人でもなんでもない僕のことは何も知らない。
「どうしてここで働きはじめたんですか?」「いつから文章を書いてるんですか?」「どうして文章を書き始めたんですか?」
友人のほうが屈託なく質問をしてくれるのでそれに答えていると、ファンを名乗る女性のほうが、緊張した面持ちで割って入ってきた。
「ちょっと!それは5年前のブログを読めば書いてあることだよ!」
まるで友人が失礼なことをしていると言わんばかりの強張った顔をしていた。僕からすれば友人の質問は失礼どころか、むしろ話を広げてくれるありがたいものだった。それよりも、過去に僕が書いた文章を優先されて目の前の会話を断ち切られることのほうが迷惑だった。
ファンという人種は、相手のことをあまりに知りすぎているのだ。いや、正確に言えば——知っていると思い込みすぎているのである。
5年前に自分が何を書いたのかなんて、書いた側もすべて正確に覚えているわけではないし、そもそも5年もの時が経過すれば生き方も考え方も変わっている部分だってある。僕と話したいと思ってくれているのであれば、友人のようにただフラットに今の僕の考えを聞いてくれればいいのにと思うのだが、ファンであるがゆえに、それが難しくなってしまうことがあるのだ。
そうしたコミュニケーションの齟齬についてどう伝えようかと考えていると、彼女は隣に座っていた僕のファンを名乗る男性と、いつのまにかマウンティング合戦を始めていた。
「私は8年前のブログから読んでるので、私のほうが古参ですよ!」
カウンター越しにそんな光景を眺めていたら、急に一抹の不安が沸き起こってきた。このままでは、店に客が来なくなってしまう!
僕が働いていた店はゴールデン街の入り口に近いところに位置していて、一見さんもふらりと立ち寄るような店だった。そんな店で客同士が「どちらがバーテンの文章に詳しいか」でマウントを取り合っている。そんな居心地の悪い空間に、誰が好んで足を運ぶだろうか。しかも僕は歩合給で働いていたから、店の空気が悪くなれば、それはそのまま財布にもダメージを喰らってしまう。
そこで僕は心に決めた。誰かの会話を遮ったりマウンティングを始めたりするファンのことは、冷遇することにする。反対に、隣り合った一見のお客さんと楽しそうに話してくれる人に、時間を使うことにする。
そんな接客方針を取りはじめたら、ゴールデン街でよく飲む知人からは「熱量の高いファンが来てはバーテンに無視されるバー」とからかわれたりもしたが、働いている間の売上はずっと好調だった。一見さんとも屈託なく話せる人たちと、僕に相手にされなくても一人でニコニコと酒を飲み続ける一部の狂気的なファンで店は賑わうようになった。
しかしそうやってファンを冷遇し続けてきたことのツケが、思いもよらぬところからやってきた。
記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)
















