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銀行のお声かけ係と顔の認識

 三週間前にも声をかけられた。お声がけ係が同一人物なのかそうでないのか、まだよくわからない。この「同一人物かどうかわからない」という事実だけで、彼女の声かけリストの年齢枠に入るのかもしれないが。しかし彼女が同一人物であるならば、私よりも若いのだから、少しは声をかけた人間を覚えておいてくれてもいいじゃないかといいたくなった。私は十回以上、声をかけられ、そのたびに同じことを聞かれ、同じ返答を繰り返していたのだが、面倒くさくなり、二週間前に声をかけられたとき、彼女が、
「私、○○警察署……」
 といったとたんに、
「あー、通常の引き出しです」
 といった。するとそれで引き下がるのかと思ったら、
「この辺りに特殊詐欺の電話がかかってきています……」
 とまるで録音されたフレーズを再生しているかのように、同じ言葉を続けるのだった。
 そして先週もそのATMに立ち寄ったら、やっぱりお声がけ係は一直線にやってくる。今度は、彼女が口を開く前に、
「通常の引き出しですっ」
 といってみた。すると多少、認識してくれたのか、小声で、
「あ、通常の引き出しですね」
 といって戻りかけたが、
「この辺りに特殊詐欺の電話がかかっているので、お気をつけください」
 とつけ加えるのを忘れなかった。職務に忠実なのは立派だけれど、あまりにしつこい。私も彼女の顔をはっきり認識していないので、他人ひとのことはいえないのだが、長期に亘り、何度も同じ人間に同じことをいうのはやめて欲しい。これからは外から中をのぞいて、お声がけ係がいたら、家の近所のATMを使うことにしようと決めたのだった。

 他人から見ると、しっかり実年齢どおりに見えるのに、本人のほうは、まだまだ若く見えると勘違いしている人がいるが、私もそのなかに入ってしまったのかと反省した。他人から見たら、十分高齢者であり、特殊詐欺にひっかかりそうな、あぶないおばちゃん、おばあちゃんなのかもしれない。まあ、そう見えるのならそれでもいい。現実にそういった詐欺に遭遇せず、また遭遇しても適切に対処できればいい。とはいえお声がけ係の顔をいつまでも認識できないので、私も弱腰になってしまうのだ。
 顔を認識できないといえば、以前は集団でいる女性のアイドルたちの顔が、まったく判別できなかったのだが、最近は男性のアイドルの顔も判別できない。「流星」という名前の人気の若い芸能人が三人いるが、一人一人が出てくると、
「ああ、この人が流星という名前の人ね」
とわかるのだが、名前だけを聞いても、どの流星だかわからない。今でもよくわからない。
 ずいぶん前になるが、水野美紀、水野真紀、坂井真紀、酒井美紀という名前を見ては、誰が誰やらと頭がぐるぐるしていたが、これは顔と名前が一致して、問題なく判別できるようになった。このときから二十年以上経過しているため、私の脳の老化も著しくなり、とにかくきれいな顔立ちの男性アイドルの区別ができない。それがすべてわかったとしても、私の人生には何の問題もないのだけれど、ほとんどが同じ顔に見えるというのはあぶないだろう。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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