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銀行のお声かけ係と顔の認識

 口には出さなかったが、
(何で、私が)
 とむかついたのは事実である。男性には声をかけられなかったのに、どうして女性に代わったとたんに声をかけられるのか。そして前後に並んでいる人々をそっと見てみると、たしかにそのなかでは私がいちばん年長のようだった。それでも、
(なぜ私?)
 と思ったのである。年長なのは間違いないが、
(私よりも、三人後ろに並んでいる、ぼーっとした若いお姉ちゃんのほうが、ずっと詐欺にひっかかりやすい気がする)
 と、あっちに先に行けばいいのになどとむくれたのだった。
 

 五十代でも特殊詐欺にひっかかってしまう人はいるので、ある程度の年齢枠に入る人には声をかけているのかもしれない。私と同年配の女性が来たら、同じように声をかけるのだろうかと見ていたが、残念ながら入ってくるのは二十代、三十代くらいの人ばかりで、私と同年配の女性は姿を見せなかった。
 ところがそれ以降、タイミングが悪く、ATMに行くたびに、その女性のお声がけ係が立っている。そして必ず、私に近寄ってきて、
「特殊詐欺の電話がかかってきて、こちらに誘導されているのではありませんか」
 と聞くのである。あまりにたびたび同じことを聞かれるので、
「前にもいわれました!」
 といってやりたいのだが、私も相手の顔をはっきり覚えていない。背丈やヘアスタイルからして、いつも同じ人のような気もするのだが、もしも違う人にそんなことをいったら失礼なので、もごもごと口ごもりながら、同じ話をするしかなかった。男性には声をかけられなかったのに、どうして女性には声をかけられるのか。「この人は前期高齢者!」と、女性警察関係者の鋭い勘が働いているのかもしれないが、人前で声かけをされるほうは恥ずかしいし、私個人としてはとても迷惑なのだ。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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