よみタイ

秘密の買い物とパールのネックレス

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第2回 秘密の買い物とパールのネックレス

 大昔に仕事を半年ばかりしただけなのに、何十年にもわたり、いまだに雑誌を厚意で送ってくださる出版社がある。文字半分、アイドルのグラビア半分といった構成なのだが、それを眺めながら、「これが新しくデビューしたグループの子たちか」「うーん、前ページのグラビアの人たちと、顔の区別がつかない」などと思いながら、ささやかにその時代の最新の芸能界の匂いを嗅いでいるような状況である。
 先日、雑誌を見ていて気がついたのが、アイドルの若い男性たちが、パールのアクセサリーをつけていたことだった。ネックレスの人もいたし、ピアスの人もいた。
「そういう時代になったのか」
 と思いながらグラビアを眺めていた。
 パールといえば、私が二十代の頃、パールがひと粒ついたネクタイピンや、カフスボタンをしている中年男性をたまに見かけた。会社の役職についている人が多かったけれど、それでもごく少数だった。パールは女性専用のアクセサリーといってもよかった。成人式のときに親から、「振袖を買ってあげる」といわれたが、結婚するまでしか着られない振袖ではなく、一生使えるパールのネックレスとイヤリングのセットを買ってもらった人がいたし、大人になったら、つまり就職して社会人になったら、パールのネックレスを持っていたほうがいいという風潮もあった。
 お祝いの席でもお悔やみの席でも、一連のパールのネックレスは万能だった。私もOLのときに結婚式に呼ばれると、持っているなかでいちばん改まった雰囲気のワンピースに、八百円で買ったイミテーションパールのネックレスをして出席していた。偽物であっても、それでフォーマルの形が整えられたのである。
 ラジオを聴いていると、時折、ラジオショッピングで、パールのネックレスとイヤリングのセットを販売している。最初はそれを聴きながら、
「通販でパールのアクセサリーを買う人なんているのかしら」
 と不思議に思っていた。デパートが通販に乗り出すようになった頃の話だが、私はデパートが通販をする必要などあるのだろうかと不思議だった。まだ通販は一般的ではなく、そういう会社にはちょっと怪しいイメージを持っていたので、デパートの人に通販の売り上げについて聞いてみた。
 すると通販でいちばん売れるのは、パールも含めた宝飾類と聞いて驚いた記憶がある。買う側はいくら安くても、名前をよく知らない会社から買うのは抵抗があるが、デパートの通販だと、変な品物は売らないだろうという安心感があるので、宝飾品が売れるのではないかとその人は話していた。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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