2023.10.25
銀行のお声かけ係と顔の認識
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。
版画/岩渕俊彦
第20回 銀行のお声かけ係と顔の認識

自分では目前に古稀が迫っているのをわかっているが、他人からも見た目で同じように感じ取られているとわかると、少なからずショックである。それを考えると、実はこの年齢になったことを、本当は受け入れていないのではと、自分を疑っている。
週に一度、決まった場所に行く用事があり、通帳の記帳、引き出しなどに、そこの最寄り駅近くのATMを利用することが多い。私が住んでいる場所の駅前にもあるにはあるのだが、とても狭くて雑然としているため、フロアが広くてATMの数も多い外出先のほうを使ってしまうのだ。
何年か前だが、その出先のATMにファイルを手にしたスーツ姿の男性が、時折立っているのを目にしていた。最初に見たときはぎょっとして、ATMを利用しないで、ただ立っているなんて、何か悪いことをしようとしているのだろうかと疑ったが、そうではなさそうだった。ちなみにうちの近所のATMではそのような人には遭遇していない。あまりに狭いので、彼らがいるスペースがないからだろう。ある日、彼がATMを利用しようとする高齢男性に声をかけ、ATMに来た理由を聞いているのを見かけた。特殊詐欺を未然に防ごうと、高齢者に声をかける役目の人だったらしい。私は声をかけられたことはなかった。ご苦労様と思いつつ、彼らに対して、ちょっとでも疑ってしまったことを心の中で詫びたのだった。
そしてそのATMの隅に、いつもいるわけではないが、今年の頭くらいから女性が立つようになった。年齢は五十代前半といったところだろうか。男性と同じように、ファイルを抱えている。女性に代わったのかと思っていたら、彼女はつつつと私に歩み寄ってきて、
「私、○○警察署の者でございます」
と首からぶら下げているIDカードを見せた。いったい何の用事かと思ったら、
「この辺りに特殊詐欺の電話がかかってきています。そんな電話はかかってきていませんか」
と聞いてくるではないか。
「こちらは出先なので、近所に住んでいないのです」
「ああ、そうですか。お宅のほうに不審な電話はかかってきていませんか。不用意に電話を取ると……」
「ずっと留守番電話にしているので、出たことはありません」
「今日はそういった電話による、お振り込みではありませんよね」
「記帳です」
「そうですか。きちんと対処なさっているようですので、そのままお続けください」
彼女はそういって部屋の隅に戻った。どうやら私は特殊詐欺に遭いそうな高齢者だと判断されたらしいのである。