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銀行のお声かけ係と顔の認識

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第20回 銀行のお声かけ係と顔の認識

版画:岩渕俊彦
版画:岩渕俊彦

 自分では目前にが迫っているのをわかっているが、他人からも見た目で同じように感じ取られているとわかると、少なからずショックである。それを考えると、実はこの年齢になったことを、本当は受け入れていないのではと、自分を疑っている。
 週に一度、決まった場所に行く用事があり、通帳の記帳、引き出しなどに、そこの最寄り駅近くのATMを利用することが多い。私が住んでいる場所の駅前にもあるにはあるのだが、とても狭くて雑然としているため、フロアが広くてATMの数も多い外出先のほうを使ってしまうのだ。
 何年か前だが、その出先のATMにファイルを手にしたスーツ姿の男性が、時折立っているのを目にしていた。最初に見たときはぎょっとして、ATMを利用しないで、ただ立っているなんて、何か悪いことをしようとしているのだろうかと疑ったが、そうではなさそうだった。ちなみにうちの近所のATMではそのような人には遭遇していない。あまりに狭いので、彼らがいるスペースがないからだろう。ある日、彼がATMを利用しようとする高齢男性に声をかけ、ATMに来た理由を聞いているのを見かけた。特殊詐欺を未然に防ごうと、高齢者に声をかける役目の人だったらしい。私は声をかけられたことはなかった。ご苦労様と思いつつ、彼らに対して、ちょっとでも疑ってしまったことを心の中でびたのだった。
 

 そしてそのATMの隅に、いつもいるわけではないが、今年の頭くらいから女性が立つようになった。年齢は五十代前半といったところだろうか。男性と同じように、ファイルを抱えている。女性に代わったのかと思っていたら、彼女はつつつと私に歩み寄ってきて、
「私、○○警察署の者でございます」
 と首からぶら下げているIDカードを見せた。いったい何の用事かと思ったら、
「この辺りに特殊詐欺の電話がかかってきています。そんな電話はかかってきていませんか」
 と聞いてくるではないか。
「こちらは出先なので、近所に住んでいないのです」
「ああ、そうですか。お宅のほうに不審な電話はかかってきていませんか。不用意に電話を取ると……」
「ずっと留守番電話にしているので、出たことはありません」
「今日はそういった電話による、お振り込みではありませんよね」
「記帳です」
「そうですか。きちんと対処なさっているようですので、そのままお続けください」
 彼女はそういって部屋の隅に戻った。どうやら私は特殊詐欺に遭いそうな高齢者だと判断されたらしいのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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