2022.5.25
鏡の中の老女とおばあさん問題
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。
版画/岩渕俊彦
第3回 鏡の中の老女とおばあさん問題

この連載の初回で、『働くセーター』という編み物の本を紹介したが、その本には掲載されていない、かぶりタイプのクルーネックのベストを、まず試作品として編んでみた。そのベストのパターンが、インターネットで販売されていたので購入してみると、1から5までのサイズのうち、3~4のサイズのものだった。そのまま編むと私には大きく、本を見ながらサイズ1のセーター、同サイズの前開きのベスト、そして購入したパターンの編み方を合体させて、無事、胴まわりまで編み進んだ。幸い、ゲージは針を替えて本と同じになったので、特に計算する部分はなかったけれど、編んでいる最中に、あるショックな出来事が判明した。
私が住んでいる部屋の造りは、玄関からいちばん近い場所にトイレ、そして洗面所、そしていちばん奥に浴室と、水回りが一列に並んでいる。ふだんはカビ防止のため、浴室や洗面所のドアは全開にしている。浴室の正面の壁に大きめの鏡が設置してあるので、トイレに入るときに横を見たり、洗面所に入ったりすると、自分の姿が映るのだ。
トイレに入ろうと、ドアのハンドルに手をかけながら、ふと横を見たら、鏡の中に体全体が「く」の字になっている老女の姿があった。
「ぎゃっ、見事にばあさんじゃないか」
と声を上げそうになった。
子どもの頃から、親に姿勢のことは厳しくいわれていた。特に高校生になって身長の伸びが期待できなくなってからは、
「あんたは背が低いのだから、姿勢には気をつけなさい」
と事あるごとにいわれた。本や雑誌を読んでいると、ついつい前屈みになるのを見て、
「ほら、また背中が丸くなってる」
と注意された。
「そんなにすぐに背中が丸くなるんだったら、物差しでも背中に入れておきなさい」
と実際、背中に突っ込まれたこともあった。いわれた言葉を思い出しては、これはいかんと、そのときは背筋を伸ばすのだけれど、いつの間にか目の前の事柄に没頭して、姿勢のことなど忘れてしまうのだった。