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鏡の中の老女とおばあさん問題

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第3回 鏡の中の老女とおばあさん問題

 この連載の初回で、『働くセーター』という編み物の本を紹介したが、その本には掲載されていない、かぶりタイプのクルーネックのベストを、まず試作品として編んでみた。そのベストのパターンが、インターネットで販売されていたので購入してみると、1から5までのサイズのうち、3~4のサイズのものだった。そのまま編むと私には大きく、本を見ながらサイズ1のセーター、同サイズの前開きのベスト、そして購入したパターンの編み方を合体させて、無事、胴まわりまで編み進んだ。幸い、ゲージは針を替えて本と同じになったので、特に計算する部分はなかったけれど、編んでいる最中に、あるショックな出来事が判明した。
 私が住んでいる部屋の造りは、玄関からいちばん近い場所にトイレ、そして洗面所、そしていちばん奥に浴室と、水回りが一列に並んでいる。ふだんはカビ防止のため、浴室や洗面所のドアは全開にしている。浴室の正面の壁に大きめの鏡が設置してあるので、トイレに入るときに横を見たり、洗面所に入ったりすると、自分の姿が映るのだ。
 トイレに入ろうと、ドアのハンドルに手をかけながら、ふと横を見たら、鏡の中に体全体が「く」の字になっている老女の姿があった。
「ぎゃっ、見事にばあさんじゃないか」
 と声を上げそうになった。
 子どもの頃から、親に姿勢のことは厳しくいわれていた。特に高校生になって身長の伸びが期待できなくなってからは、
「あんたは背が低いのだから、姿勢には気をつけなさい」
 と事あるごとにいわれた。本や雑誌を読んでいると、ついついまえかがみになるのを見て、
「ほら、また背中が丸くなってる」
 と注意された。
「そんなにすぐに背中が丸くなるんだったら、物差しでも背中に入れておきなさい」
 と実際、背中に突っ込まれたこともあった。いわれた言葉を思い出しては、これはいかんと、そのときは背筋を伸ばすのだけれど、いつの間にか目の前の事柄に没頭して、姿勢のことなど忘れてしまうのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おネコさま御一行 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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