よみタイ

今日もどこかで誰かが「名も無き肉料理」を作って食べている

あらゆる選択肢のなかから、食の楽しみを自由に得られるようになった現代日本で、
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!

第6回は、今日も今日とて、お宅の晩ごはんもこれじゃありませんか?

豚生姜焼き  〜豚生姜焼きと「名も無き肉料理」は、家庭料理の影の主役?〜

 家庭の肉料理を語る上で、絶対に外せないのが「豚生姜焼き」だと思います。クックパッドの投稿数を見ると、王者ハンバーグの約50000に対して、生姜焼きは約17000。大健闘と言っていいでしょう。
 生姜焼きのタレには「複雑なタレ」「シンプルなタレ」の2種類があると思っています。どちらも醤油とおろし生姜がベースになる点は同じですが、前者はそれに加えて例えばニンニクや玉ねぎのすりおろし、そしてはちみつなど、さまざまな隠し味が工夫されます。これはどちらかというと、洋食屋さんをはじめとする飲食店で出てくることが多いパターンと言えるでしょう。
 それに対して後者は、醤油と生姜以外はせいぜい酒かみりんか砂糖、といったところです。面白いのは、この両者、どちらがおいしいかは決め難いという点だと思っています。普通に考えたら、作るのが面倒な「複雑なタレ」の方がおいしいイメージを抱きやすいかもしれませんが、必ずしもそうとは言い切れないのが料理という営みの奥深さでしょう。プロが複雑なほうを作りがちなのは、あくまで「外食のお店では、家庭ではなかなか作れないものを提供するべき」という鉄則に基づいたものなのではないでしょうか。そしてこのタイプの生姜焼きを気軽に食べたいと思えば、市販の「生姜焼きのタレ」を利用するという選択肢もあります。
 冒頭にクックパッドの投稿数で、生姜焼きは健闘しているとはいえハンバーグとは約3倍の差があることを示しました。しかしこれ、具体的にその中身を見ていくと、そのほとんどは豚肉以外に厚揚げなどの食材が使われたものであったり、例えば豚肉に野菜を巻くようなひと捻りしたもの、もしくは外食みたいな「複雑なタレ」が工夫されたものなどです。つまりここには、おそらく家庭で最もよく作られているであろうごくシンプルな生姜焼きは、あまり登場していないのです。そういう意味で豚生姜焼きは、麻婆豆腐同様、ハンバーグ以上によく作られている可能性が高いのではないかと推定することも可能かもしれません。
 そんなシンプルな生姜焼きを作るにあたって、僕から耳寄りな情報があります。それはおろし生姜はチューブよりも、生の生姜のおろしたてを使ったほうが確実においしいということです。当たり前のことを言うな!と思われるでしょうか。……しかしそうだとわかってはいても、そのちょっとした一手間がなかなかかけられない、というのもまた、現代の家庭料理の宿命なのかもしれませんね。

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 話は突然変わりますが、小説家・筒井康隆の初期の作品に『家族八景』という連作があります。主人公の七瀬という女性は、テレパス、つまり人の心が読める超能力者。彼女の職業は家政婦で、様々な家庭の一見普通で、しかしその実グロテスクな内面を否が応でも知ってしまい、傷付きながらその家から去っていく、というストーリーが繰り返されます。なんと言いますか、かなりエグめの、そしてカタルシス皆無の『家政婦は見た!』ですね。
 その連作の中に、子沢山の大家族といういかにも幸せそうな家族の心に澱のように積もる疲弊、そしてそれがもたらす怠惰やだらしなさがひたすら描写されるエピソードがあります。この本を初めて読んだ時、僕は確か小学6年生だったのですが、この大家族エピソードの中のある一節にショックを受けました。それは母親が家族の夕食を用意するシーン。その料理は、「ほんの二、三種類の調味料を使っただけのひどい料理が大量にできた」と描写されるのです。

 僕がショックを受けたのは、我が家ではまさにそういう料理こそが日々の食卓の主役になることが多かったからです。コマ切れ肉を主役として、そこに「かさ増し」の如く、有り合わせの野菜が加わった炒め物。コマ切れが牛肉のときはバターと醤油、豚肉のときは塩と中華だしの素、みたいな「ほんの二、三種類の調味料」が味付けの定番でした。
 僕がこの一節を読んだ瞬間、脳裏に浮かんだのは、そういう料理を中華鍋いっぱいに作る母親のいつもの姿でした。良く言えば豪快に手早く、悪く言えば雑にチャチャっと作るそういった料理は、実は「ひどい料理」だったのか……。
 今になって思えば、筒井康隆は良家のボンボンであり、家庭料理に対する期待値が浮世離れしたレベルで高かったのか、もしくは(当時の日本人男性としては仕方のないことですが)料理作りに対する解像度が案外低かったのかもしれない、とは思います。その原稿をチェックする編集者もまた、似たり寄ったりだったでしょうしね。
 なにしろそういう肉と野菜をシンプルな味付けで炒めた料理、言うなれば名も無き肉料理、、、、、、、は、おそらく当時の稲田家のみならず多くの家庭で定番だったのではないかと思いますし、現代でもそれはさほど変わっていないのではないでしょうか。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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