よみタイ

ただ焼くだけで、主役級の存在感。家庭料理における素敵なステーキ

あらゆる選択肢のなかから、食の楽しみを自由に得られるようになった現代日本で、
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!

第5回は、ご馳走と言えば……のステーキ!
ですが、どれくらい家でステーキを焼くのか? 家庭ごとにかなり異なるようです。

ステーキ各種  〜「家庭料理の三要件」を満たすステーキとは〜

 ビーフステーキを家庭料理の枠で語るべきか否かは、なかなか難しいところです。この料理が食卓に上がるかどうかは家庭ごとにはっきり分かれ、かつ上がらないほうが多数派だと思われるからです。これは単純な経済格差の話ではないと思います。    
 ちょっと奮発した牛肉料理を家で食べようと考えた時、多くの家庭ではステーキよりも焼肉が選択されがちなのではないでしょうか。以前、家庭料理の要件は、「安い・簡単・ご飯が進む」だと書きました。焼肉は「安い」以外を両方満たしていますが、ステーキはどれもあまり満たしていません。
『東西の味』を書いている時に、ひとつ気付いたことがあります。その本では食べ物における東西、言うなれば水平方向のグラデーションについて書いたわけですが、世の中にはそれとは別に垂直のグラデーションがあるのではないか、というのがその気付きです。それは大きく言うと、酒を飲む人と飲まない人のグラデーション。
 それで言うと、ステーキが食卓に上がるとするならば、それは圧倒的に前者の家庭なのではないかと思います。特にワイン好きの民。夫婦揃ってワイン好きであれば、ここぞというときにステーキを焼くのは、決して珍しいことではないのではないでしょうか。

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 ちなみに前回「オムレツ」について書いたとき、昭和の時代において既に名の知れた料理であったはずの「スパニッシュオムレツ」のことが気になって、SNSで情報を募ったことがありました。なぜ気になったかと言うと、たまたまその時手元にあった平成初期の料理本に「ボリュームたっぷりで、これ一品で主菜になります、、、、、、、、、、、、」という記述があったことに微妙な違和感を覚えたからです。おいしい料理ではあるけど、さすがに主菜にはしにくくないか?と。
 SNSで「スパニッシュオムレツを普段からよく作りますか? 作るとすればそれはどのようなポジションとしてですか?」と問いかけたところ、よく作ると答えた方のほとんどは「酒のつまみとして」でした。それ以外だと、ご飯が進まず主菜にはならないけど副菜やお弁当用に作ることならある、という回答がいくつかありました。こういうグラデーションは、家庭料理を語る時に、決して無視できないファクターだと思います。三要素中の「ご飯が進む」は、お酒好き家庭では度外視されることも少なくないわけです。

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 日本では1991年の牛肉輸入自由化以降、長らく「輸入牛肉=低品質」みたいな感覚が共有されていました。しかし2010年代あたりから、外食の世界では「赤身肉ブーム」が起きました。これはアメリカ産やオーストラリア産の牛肉をポジティブに扱うムーブメントとも言えるのではないでしょうか。「和牛なんて不健康な脂を食べているようなものであり、牛肉のうまさの真髄は赤身肉にあるのだ」みたいな、グルメ漫画的な物言いを頻繁に見かけるようになったのはこの時期からです。
 そういう価値観は、当然のように、家庭料理にも波及します。外食における赤身肉ブームから少し遅れて、スーパーなどでも輸入牛のステーキ肉が普通に置かれるようになりました。
 少し個人的な、狭い範囲の話をします。僕が住んでいる街のスーパーは、「添加物」や「輸入食材」をなるべく避けるという方針がうっすらある店です。そのこと自体のフードファディズム的な是非はともかくとして、世の中で輸入牛肉に対するイメージが劇的に良くなって以降も、その店の精肉コーナーには国産品しか置かれない状況が長らく続きました。
 しかし世の中の流れにはさすがに逆らえなかったのか、10年ちょっと前から、焼き肉コーナーの隣がUSビーフのステーキ肉コーナーになりました。僕は狂喜して、ステーキ用としてだけではなく、煮込み用としても積極的に利用しました。それもあって僕のレシピ本には、輸入ステーキ肉を使うカレーやシチューなどが頻繁に登場します。
 その当初においては、「ポンドステーキ」とラベルの貼られた、400〜500gの肉塊が目玉商品でした。しかししばらくして、そのポンドステーキは、300g前後になりました。大きすぎてあまり売れなかったのでしょうが、1ポンド=約450gですから、これは明らかにある種の欺瞞です。その頃から少し嫌な予感はしていたのですが、あにはからんや、最近そのコーナー自体が消えました。今や輸入牛肉は、ごく薄くスライスされたものが国産牛切り落としの隣に、その廉価版の如くひっそりと置かれているだけです。赤身肉のステーキは、少なくとも僕の街では、結局定着できなかったようです。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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