2026.9.24
有象無象の怪しげな人物が暗躍するM&A業界。吸血鬼は誰だ!?
氏の趣味でもあるノンフィクション乱読から、読む者を異世界へといざなってくれる本をセレクトして紹介する書評連載です。
第10回は、片田江康男著『社喰い』を取り上げます。
2年数カ月で約300億円の会社資金が流出
『社喰い』(片田江康男著/ダイヤモンド社)を読了したとき、暗澹たる気持ちになった。M&A業界“にも”ずる賢いハイエナたちによって詐欺的手法で騙され、喰い荒らされる被害者が出ているのか……と。
M&Aとは英語の「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」を略した言葉で、意味は日本語訳の通り、企業の合併、買収を指す。互いの得意分野を掛け合わせることで成長を目指すようなポジティブなM&Aもある一方で、企業を買いたい側が交渉相手の合意を得ないまま株式を取得して強引に経営権を奪う「敵対的買収」なども珍しくない。
とはいえ友好的、敵対的、どちらにしても、最終的にはM&Aした企業の「事業の強み」を血肉にして、より大きく業績を伸ばすというわかりやすい目的があるはずだ。
『社喰い』で取り上げられた企業は、そうは見えない。例えば、第一章で紹介されている船井電機が2024年10月24日に「突如として破産した」その経緯は、複雑怪奇だ。
まず、破産直前まで社長を務めていた上田智一が船井電機の社長に就くところから、M&Aがスタートする。2021年、長らく経営不振に陥っていた船井電機を約210億円で買収したのが秀和システムという中堅出版社で、外資系コンサル出身の上田が社長を務めていた。秀和システムは従業員70名、一方の船井電機は連結の従業員数が2100名を超える大企業である。
この「小が大を飲む買収」を経て、上田が社長に就いたのは、2022年6月。それからわずか2年数カ月で、約300億円もの会社資金が流出し、破綻に至る。その全体像は本書に記されているのでそれを読んでもらうとして、破綻の引き金になったとされるのが脱毛サロン「ミュゼ」を運営するミュゼプラチナムの買収だ。上田は2023年4月、事業の多角化を理由に「毎期巨額の赤字を垂れ流す問題企業」だった同社を33億円で買収する。
毎月の運転資金にも事欠いていたミュゼは、親会社の船井電機に資金を要求。船井電機は1年足らずのうちに約30億円を送金し、これが大きな負担になったことから、上田は2024年3月、わずか100万円で香港系企業の日本法人にミュゼプラチナムを売却している。船井電機が倒産したのは、その7カ月後だ。
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稼ぎたい人材が集うM&A業界
ここで注目したいのは、上田の経営判断ではない。本書によれば、上田は船井電機の社長に就く前からM&Aを繰り返し、少なくとも8社の代表取締役社長に就いていたという。上田のことを知る大手M&A仲介会社の社員は、上田を「上客」と表現している。
M&A仲介会社は売り手と買い手をマッチングし、交渉や手続きなどをサポートするのが役割で、契約が成立すると売り手、買い手の「両社から」手数料として成功報酬を受け取る。業績を伸ばしたいM&A仲介会社はインセンティブ報酬制度で、契約を成立させた担当者に仲介料の一部を支払う。案件を増やせば増やすほど報酬が上がるため、稼ぎたい人材が多く集まってきているようだ。
ちなみに、「平均年収が高い」企業ランキング全国トップ500(東洋経済オンライン/2026.08.15)では、M&A仲介大手のM&Aキャピタルパートナーズが2265万円で2位に入っており、同社の平均年齢は32.4歳。
ギラギラしたM&A仲介会社の社員にとって、船井電機のような後ろ盾を持った上田はなんとかして口説き落としたい対象だったろう。上田を「上客」と表した大手M&A仲介会社の社員は、「M&A仲介会社は(上田氏に)提案しまくっていたと思います」とコメントしている。
船井電機によるミュゼプラチナムの買収は、「大手外資系生命保険会社の営業」から話が持ち込まれたとあり、M&A仲介会社が間に入ったのかは記されていない。しかし、もしM&A仲介会社が介在していれば、その会社も担当者も巨額の収入を得ていたはずだ。

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