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X線で宇宙を見ると世界が変わる!ノーベル賞受賞のX線天文学を知っていますか?【X線天文学 前編】 

受賞にあたって特にインパクトが大きく、評価された成果が「ブラックホールの観測的証拠」の発見でした。

このブラックホールの観測的証拠は、ジャッコーニ博士らのチームと一緒に研究をしていた日本人研究者、小田稔博士によって得られたものでした。
1971年、X線天文学が切り開かれてから9年後の出来事です。小田博士が、観測中にはくちょう座の方向から強力なX線の信号を発見。小さな領域から膨大なエネルギーが放射されている事実を観測することに成功しました。分析の結果、存在の予言まではされていたものの、未だ発見されていなかったブラックホールである可能性が強く示されたのです。
「はくちょう座 Cyg X-1」と命名されたこの天体は、今でも観測対象として非常に有名です。小田博士は、日本のX線天文学の父とも言える人物で、後にJAXA宇宙科学研究所の所長を務めることにもなります。

2024年現在、日本は世界最先端のX線観測衛星「XRISMクリズム」を打ち上げたのちに、本格運用に移行しようとしており、世界中から強い期待が寄せられています。
X線天文学がスタートしてから、小田博士の活躍により日本が世界をリードしてきましたし、XRISMを今まさに担っているのは小田博士の孫弟子にあたる世代です。小田博士の教えを受けた研究者らが世界のX線天文学の地盤を作ったといっても過言ではないですし、その上で大きく成果を残した日本人研究者たちがX線天文学を牽引しています。

XRISM の宇宙空間でのイメージ図 画像提供/JAXA
XRISM の宇宙空間でのイメージ図 画像提供/JAXA

ちなみに筆者自身もこのX線天文学を専攻して博士号を取得しており、理化学研究所やNASAで研究をする経験ができました。
特にNASAで研究できた理由は、日米の研究者の交流の歴史が深く関わっています。かつて、世界を技術で大きくリードしていた小田博士の弟子たちのもとに、アメリカから若手研究者らが多く留学しにきていた時期がありました。
彼らがその後、母国のプロジェクトを率いる立場となります。私をNASAの科学研究チームが多く在籍する「Goddard Space Flight Center」(アメリカメリーランド州)で受け入れてくれた研究者も、その系譜だったんです。
日本でもアメリカでもこういった研究者たちから教えを受けた私は、小田博士のひ孫弟子といったところです。

日本がX線天文衛星XRISMを打ち上げたように、世界中の宇宙機関も動きを見せています。

今、最も宇宙開発で盛り上がっている分野の一つは「月面開発」です。その中で、日本はJAXAが主導する月面着陸実証機SLIMで、世界で5番目の月面着陸国となりました。
連載の中でも紹介しているので、こちらもぜひ読んでみてください。
そして、実はこの月面着陸を成功させた5カ国が熱心に取り組んでいるのがX線天文学なのです。

その5カ国とは、ロシア、アメリカ、中国、インド、そして日本。特にロシア、アメリカが打ち上げたX線観測装置は、これまでのX線天文学を大きく支える成果を残していました(実際はヨーロッパ=EUの活躍も無視できないのですが、国単位ではないので今回は触れないでおきます)。
そして2024年に入ってから中国とインドも新たなX線天文衛星を打ち上げました。今やそれぞれの国がX線天文学にお金も人も時間も投資している状況となっています。

この流れには、月面開発を足がかりに近い未来の宇宙開発をできるだけ優位に進めたい、という思惑だけでなく、宇宙全体をどの国よりも先駆けて正確に理解することで、長期的にもその覇権を握ろうとしているのではないかと思えてきます。

X線天文学を推進するためには、高い衛星制作技術と、その制御技術が必要になります。宇宙から飛んでくるX線は地球の大気で遮断されてしまうため、宇宙に衛星を飛ばさなければ観測ができません。
衛星をしっかり制御できる高度な技術がなければ、点のようにしか見えない天体たちを正確に観測することができないのです。
そのハードルを越えられる技術力が、月面着陸を成功させた国には備わっていると見ることができるのだと思います。

XRISM の機体公開の様子 写真提供/JAXA
XRISM の機体公開の様子 写真提供/JAXA

こういった世界情勢の中だからこそ、XRISMの存在は日本がX線天文学において成果をあげ、世界をリードする立場を確かなものにする希望と言えます。
XRISMは、月面着陸を成功させたSLIMと同じロケットで打ち上げられた人工衛星です。月面着陸成功でSLIMはかなり注目を浴びましたが、プロジェクト自体は技術実証を目的としていた小型ミッションでした。
それに対して、XRISMは成果を多く期待される中型ミッション。実は開発費もSLIMよりも大きく上回る規模となっています。

このプロジェクトの成果が、世界の天文学を大きく進める可能性を秘めています。
次回は、XRISMが解き明かそうとする宇宙の謎について迫っていきます。

この記事のお供はこのお酒!

 アメリカカリフォルニア州にあるKnee Deep Brewingの「コスモノーチラス」。X線天文学ではとある銀河の中心にあるブラックホールを発見しました。Galaxyホップスを利用している点と、パッケージの宇宙感満載なところに惹かれてピックアップ。ロング缶サイズですがその飲みやすさからすぐに飲み切ってしまい、今回は宇宙に思いを馳せる暇もありませんでした。

 次回連載第12回は4月26日(金)公開予定です。

参考資料

XRISMが挑む宇宙の謎 /X線分光撮像衛星XRISM

X線天文学の歴史とX線天文衛星 /ファン!ファン!JAXA!  2016年1月22日

詳報:2002年度ノーベル物理学賞/天文教育 2003年3月号

リカルド・ジャッコーニ~世界の研究者が、日本の科学衛星に期待~/JAXA インタビュー 2004年2月27日

X線天文学がブラックホールを見つけた /奥州宇宙遊学館 2016年6月27日

X線天文学の誕生とその発展 /日本物理学会誌 第51巻8号

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佐々木亮

ささき・りょう
理学博士。独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わり、その経験と知見を生かし、ポッドキャスト「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回Japan Podcast Awardsも受賞する。現在はデータサイエンティスト、中央大学講師として活動している。
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