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オノシタキリコの話

オノシタキリコの話

 オノシタキリコという人は、いた。
 でもそれは四十歳過ぎの太ったオバさんで、老人の母親と二人で暮らしているだけ。その親子が、変な噂を流したことを謝れって言ってきたんだけど……。
 あの家には、赤い女なんていなかったんだ。
 じゃあ皆が見たものは、いったいなんだったのか? 

 正確には、その時点からなんだよね。
「オノシタキリコ」の名前を呼ぶとオノシタキリコが現れる、って噂が出来上がったのは。
 オノシタキリコは、家の外にも出るようになっちゃったんだ。
 多分それは、私たちが勝手につくった幻みたいなものなんだろう。「赤い女がいた」って最初に言った子が誰なのか知らないけど、それも噓ついただけだったと思うよ。
 でも、どんどん噂が広まるうちに、皆が信じていくうちに、本当になってしまうことってある。
 私たちだって、怖いんだったら名前を呼ばなければいいのに。赤い女について話さなければいいのに。でもやっぱり、どうしても名前を呼んで、語りたがっちゃうんだよね。
 現に今、私がこうして、あなたに話しちゃってるんだから。

 ……ああ、そうか。
 そういうことなんだ。
 名前なんて、どう呼ぼうが関係ないんだね。
 オノシタキリコ、なんて適当に呼んだからって、出てこなくなる訳じゃないんだね。
 その女について話したら、もうダメなんだ。
 ほら、窓の外見てみなよ。
 遠くから、こっち、にらんでるから。

8月の『日めくり怪談』特集一覧
8月2日 空を飛ぶ夢を見るようになったら
8月6日 あの家に住んでいた頃のこと
8月9日 川の上流から流れてくるもの
8月13日 「チヨちゃんが来たんだね」
8月16日 小人が見える女子大生
8月20日 夏休みに流れた噂
8月23日 振り向いてくれない美人教師

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7月の『日めくり怪談』特集一覧
7月2日 夜道を歩く女性の二人組が向かう先
7月4日 設置されては撤去されるブランコの秘密
7月6日 クラスメイトの机に置かれた手紙
7月9日 誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
7月13日 息子に見えている母の顔
7月15日 内線電話から聞こえてくる声
7月19日 祖母に禁じられた遊び
7月22日 僕にだけ聞こえてくる音
7月27日 この子は大人になる前に死ぬから
7月30日 隙間から入り込もうとするもの
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新刊紹介

吉田悠軌

よしだ・ゆうき
1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。
『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』『新宿怪談』『中央線怪談』など著書多数。

Xアカウント @yoshidakaityou

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