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この子は大人になる前に死ぬから
めくるたび、どんどん怖くなる。 『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの書き下ろし怪談集『日めくり怪談』から選りすぐりのお話をご紹介します。 1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

この子は大人になる前に死ぬから

 この子は大人になる前に死ぬから、あきらめなさい。
 私の両親は生まれてすぐ、そう告げられました。告げたのは医者ではなく、名前を付けてもらいに行ったお坊さんから。
「あらかじめ戒名に使いやすい名前にしておきましょう。薬師如来さまの正式名からとって、〝瑠璃〟と」
 ずっと懇意にしていた僧侶から言われたことを、父も母も受け入れました。すぐ死ぬことを前提にして、私は瑠璃と名付けられたのです。
 病弱な赤ん坊ではなくとも、なにかしら予感めいたものがあったのでしょう。
 これは後から聞いた話ですが。私が生まれてからというもの、家中の壁に黒い手形がつくようになったそうです。誰も触っていないのに、大きな家具がずれることも。それらの怪現象は特に、赤ちゃん用品やベビーベッドのそばで頻発していました。
 我が子を連れていこうとするものの気配を、両親はおぼろげに感じていました。
 
 自分自身の幼い記憶に残っているのは、一人の「お姉さん」です。家族でも親族でもない、時々あらわれてはすぐ消える、いつも笑顔の若い女。
「こっち、こっち」
 ある時、三輪車に乗っていたら、お姉さんが道路の向こうから呼びかけてきました。きらめくような満面の笑みで手招きをしている。
 なんだろう? 私は無邪気にそちらに近づいていきました。
 キコ、キコ、キコ。
 とたんに、体がふわりと浮いたように感じました。私はそのまま、三輪車ごと落下していきました。
 お姉さんがいたのは、崖の向こう側だったのです。
 幸い、たいした怪我はしませんでした。崖下から見上げた時にはもう、お姉さんの姿は消えていました。
 
 

(イメージ画像/写真AC)
(イメージ画像/写真AC)
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吉田悠軌

よしだ・ゆうき
1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。
『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』『新宿怪談』『中央線怪談』など著書多数。

Xアカウント @yoshidakaityou

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