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異端の経営学者が断言「ガンガン遊んで業界に入り込め!」ビジネス・エコシステムの再考察

最近流行りのビジネス・エコシステムを考え直す

「とりあえず、業界に入るのが大事」

 I君が言うところの業界は、企業家研究ではビジネス・エコシステムという概念に置き換えることができます。

 近年のバイオや創薬、ITといった業界では、新技術の開発を大学発ベンチャーが担い、そこに大企業やVCが投資し、ある程度実用化の目処が立ったところで提携をしたり、M & Aを実行してより大きく育て、企業家は大企業から引き出した資金をもとに次の会社を起業する、という好循環の関係が形成されています。この関係を、エコシステム=生態系になぞらえ、どのようビジネスにエコシステムが作用しているのかに注目することで、一方では企業家が連続して現れ、他方では大企業が上手くベンチャー企業をセレクションし、支援していくことで産業を拡大していくのかという分析が、近年の企業家研究の大きな流れになっています(※1)

 このビジネス・エコシステムの考え方を、I君個人の起業戦略という視点から捉え直すと、なんとかして「業界=エコシステム」に潜り込むことが、もっとも確実で安全性の高い起業の第一歩であると言えるのではないでしょうか。ビジネス・エコシステムの中に入ることで、その業界で生き抜くために知識も経験も人脈も獲得できますし、業界によっては会社を後ろ盾にして起業することもできるからです。

 そして私が、「大学生に起業マインドを植え付けろ!」と政策提言しようとしていた会合で静かに激怒したのも、インターンを経てIT業界で起業しようとしていたゼミ生にGoサインを出したのも、実はこのビジネス・エコシステムに理由があります。

 ビジネス・エコシステムから外れたところで起業しようとしたら、必要な知識や経験が得られないだけでなく、過去に蓄積してきた人脈も使えなくなります。でも、上手くエコシステムに潜り込んでしまえば、いろいろな組織や人にバックアップしてもらいながら起業することができます。起業したい人たちも、それを支援しようとする人たちも、起業=独立するというイメージに囚われすぎて、リスクを取る意志決定に問題を集約してしまい、いちばん大事な簡単にリスク回避できる方法を、見落としているように思えます。

 じゃあどうやって「業界=ビジネス・エコシステム」に入ることができるのでしょうか?
もちろん、I君のように、大学でのインターンを利用するのも一つの手です。実際、IT産業の黎明期では、学生時代のアルバイトから業界に入り、企業家として大成功した方が多数見受けられますしね。

 また現代のIT業界は、比較的ゲートウェイが整えられています。少し調べれば学生でも参加可能なビジネスプランコンテストがあちこちで開催されていることが分かります。私個人としては、自治体や大学が主催しているコンテストで訓練を積んで、ベンチャー企業が銀行やベンチャーキャピタルと組んで開催しているビジネスプランコンテストを勧めます。

 できるだけ早く、できれば在学中にバイオや創薬で起業を目指すのであれば、大学受験の時点でそのような研究を行っている教授がいる大学を選ぶだけでなく、その教授の研究室からベンチャー企業が出ているのか、あるいはOBの勤務先にベンチャー企業が有るか否かを調べる気概が必要かもしれません。

 ビジネス・エコシステムという研究は、業界ごとに「企業家になるためのゲートウェイ」が存在することを、教えてくれる概念なのです。

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気楽に生きていくために、ガンガン遊べ!

 そして、このまず業界=ビジネス・エコシステムに潜り込むという考え方は、ITとかバイオとか創薬みたいな巨額の資金が動くキラキラの業界や、もはや日常になり始めたソーシャルビジネスだけでなく、私がこの連載で提唱している「そこそこ起業」にとってもすごく大事な考え方なのではないでしょうか?

 例えば第二回の「BEGIN、HY、MONGOL800……異端の経営学者が読み解く、音楽と共に生きる沖縄ミュージシャンのビジネス構造」や第五回「異端の経営学者が最果てのゲイタウンで考えた「商店街活性化」の鍵」、第六回「同人誌の世界は「そこそこ起業」? 推しエコノミーの本質とは何か」を再読してほしいのですが、ここで取り上げた人たちは、音楽・ゲイ・同人誌という業界=エコシステムに潜り込み、楽しみながらどっぷり首まで浸かって初めてビジネスのアイディアを掴み、共感してもらえる仲間を見つけて、「好きなことをやりながら、そこそこ稼ぐ」生き方を成立させています。

 Ateljevic & Doorne(2000)はライフスタイル企業家の分析からその特徴を’Staying within the fence’(柵の中に引きこもる)と提唱していますが、趣味のコミュニティの中に引きこもるためにも、まず柵の中に入り込まなければならなりません(※2)

 だとすれば、学生の間に、低リスク・低投資なライフスタイル起業の手がかりを掴むために、やらなければならないことも見えてきます。

「四年間、業界人になれるくらい、趣味の世界に没入してみろ!」

 嘘みたいですが、これだけです。

 今どきの学生は、入学直後から4年後の就職活動を逆算して、インターンや業界研究、資格取得のためのダブルスクールなどに取り組む「意識の高いイケてる学生」を目指しがちです。特に趣味を持たない人ならば、それを目指すのもアリだとは思います。

 ただ、もし大好きな趣味を持てたのならば、せっかく獲得した4年間の大学生活の一部を、思い切って好きなことで「業界人になれるくらい、がんがん遊ぶ」ことに使うことを考えてみてはいかがでしょうか?

 そうれば、第六回の同人作家さんのように、会社を辞めて好きな絵を書きながら生活していくことも可能になるかもしれません。それこそ現代は、ゲームの腕も極めればe-sportやゲーム実況系YouTuberのように、様々な方法で生計を建てていくことが可能になる、凄く恵まれた時代になりつつあるのですから。

 また、人生のある時期に趣味に没頭した経験が、第八回で紹介した異色肌ギャルメイクのmiyakoさんのように、人生のピンチを「そこそこ起業」が救ってくれるかもしれません。まさに、芸は身を助けるのです。

 大学教員としてはキッチリ勉強もしてほしいところですが……少なくとも大学生活の4年間、その一部で良いので好きなことを探して没頭する時間を得ることは、その後の人生のwell-beingとして残ると思いますよ。

【注釈】
※1 近年の注目すべきビジネス・エコシステム研究として、木川大輔(2021)『医薬品研究開発のエコシステム』(中央経済社)が発表されています。
 
※2 本連載で複数回引用している、Ateljevic, I., & Doorne, S. (2000). ‘Staying within the fence’: Lifestyle entrepreneurship in tourism. Journal of sustainable tourism, 8(5), 378-392.です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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