2022.8.15
同人誌の世界は「そこそこ起業」? 推しエコノミーの本質とは何か

漫画雑誌に飛び交う謎の呪文
私は漫画が好きです。おそらく、研究に関わる書籍と同等か、それ以上の金額を漫画に費やしていると思います。ここ数年は歴史物の作品を好んで読んでいるけど、萌系4コマからサブカル系まで、少女漫画以外の大凡のジャンルに一度は手を出しています。それどころか、本業である論文のタイトルや文章中に、分かる人だけがわかるように、漫画のセリフを入れ込むような遊びをすることもあります。
研究者の性で気に入った作品があると作者の過去作は可能な限りすべて入手して読みますし、ホームページやTwitterを覗いて、作家が何を考えて作品を作っているのかその背景を分析したりします。そうして作家情報を探っていると、7月も半ばをすぎる頃にSNS上で、「夏コミ2日目 西“あ”-43 b」という感じの文字列に直面することになります。「ああ、今年もこの時期が来た」と、私にとってこの文字列は夏の風物詩です。
分かる人はすぐに何を意味するかわかると思いますが、門外漢には呪文にしか見えないでしょう。私がこの呪文をはじめて見たのは、大学生の頃のことです。
親の教育方針と受験戦争の関係で、私は高校卒業までほとんど漫画を読む機会が無かったのですが、その反動なのか大学生になり一人暮らしを始めるとすっかり漫画好きになり、当時の大学生らしくガロを代表とするマニアックな雑誌を読み漁っていました。
その時期から漫画雑誌は連載作品から編集後記まで何度も舐めるように読み込んでいたのですが、マニアックな漫画雑誌では年2回、初夏と初冬に先程の呪文が飛び交っているのに気づきました。
「それ、コミケ。コミックマーケットのこと。同人誌作って、販売会するイベントが年2回あるんだよ」
同じようにサブカル系の漫画が好きな友人に呪文の正体を聞くと、「コミケ」、「同人誌」と知らない言葉が帰ってきました。どういうことかと根堀葉掘り聴いていくと、「どうやらこの世には自費出版で漫画を書く人達が居て、コミケと言われる即売会で販売しているらしい」ということまでは理解できました。
「数万のサークルが出店していて、3日間で数十万人が集まる大イベントやで」
実際にコミケにも通っていた友人は、戦利品の同人誌を私に見せながら、詳しく説明してくれました。でも、悲しいかな、当時の私は大学デビューの経験の浅い漫画オタクでしかなく、同人誌なるものになぜ熱中するのか、その理由がわかりませんでした。
「それって儲かるの?」
「印刷代が出たら御の字かな。在庫の山のダンボールで部屋が埋まって、借金抱えた友達とかいるよ」
そう笑いながら言う友人の言葉に、私は首を傾げました。赤字が出るリスクを抱えてまで、なんで同人誌を作ろうと思うのだろうか。
「創作でもパロディでも、漫画を書いて本を作るのが楽しいから、みんなやっているんじゃないかな。儲けるのが目的だったら、コミケは続かないよ」
「漫画を書いて本を作るのが楽しいから続いている」――この夜からコミケについては、ずっと積み残しの宿題のようなものになっていました。同人作家の方達を「そこそこ起業」という視点から読み解いていくことが出来るのではないだろうか。そんなことを打ち合わせで話していると、創作系同人誌サークルを主催し、4年前から同人活動一本で生活をしているMさんに取材する機会を本連載の担当編集者がセッティングしてくれました。