よみタイ

同人誌の世界は「そこそこ起業」? 推しエコノミーの本質とは何か

自身の壮絶な婚活体験がもとになった『婚活戦略』が、学術書ながら現在5刷、異例のヒット! いま大注目の経営学者・高橋勅徳さん初のエッセイ連載です。 高橋さんが提唱するのは、競争せず気楽に稼ぐ「そこそこ起業」。 前回は、沖縄のゲイタウンから「商店街活性化」を考えた高橋さん。 今回は、コミケなどで生計を立てる同人漫画家・イラストレーターを「そこそこ起業」として捉えなおします。
イラスト/德丸ゆう
イラスト/德丸ゆう

漫画雑誌に飛び交う謎の呪文

 私は漫画が好きです。おそらく、研究に関わる書籍と同等か、それ以上の金額を漫画に費やしていると思います。ここ数年は歴史物の作品を好んで読んでいるけど、萌系4コマからサブカル系まで、少女漫画以外の大凡のジャンルに一度は手を出しています。それどころか、本業である論文のタイトルや文章中に、分かる人だけがわかるように、漫画のセリフを入れ込むような遊びをすることもあります。

 研究者の性で気に入った作品があると作者の過去作は可能な限りすべて入手して読みますし、ホームページやTwitterを覗いて、作家が何を考えて作品を作っているのかその背景を分析したりします。そうして作家情報を探っていると、7月も半ばをすぎる頃にSNS上で、「夏コミ2日目 西“あ”-43 b」という感じの文字列に直面することになります。「ああ、今年もこの時期が来た」と、私にとってこの文字列は夏の風物詩です。

 分かる人はすぐに何を意味するかわかると思いますが、門外漢には呪文にしか見えないでしょう。私がこの呪文をはじめて見たのは、大学生の頃のことです。

 親の教育方針と受験戦争の関係で、私は高校卒業までほとんど漫画を読む機会が無かったのですが、その反動なのか大学生になり一人暮らしを始めるとすっかり漫画好きになり、当時の大学生らしくガロを代表とするマニアックな雑誌を読み漁っていました。

 その時期から漫画雑誌は連載作品から編集後記まで何度も舐めるように読み込んでいたのですが、マニアックな漫画雑誌では年2回、初夏と初冬に先程の呪文が飛び交っているのに気づきました。

「それ、コミケ。コミックマーケットのこと。同人誌作って、販売会するイベントが年2回あるんだよ」

 同じようにサブカル系の漫画が好きな友人に呪文の正体を聞くと、「コミケ」、「同人誌」と知らない言葉が帰ってきました。どういうことかと根堀葉掘り聴いていくと、「どうやらこの世には自費出版で漫画を書く人達が居て、コミケと言われる即売会で販売しているらしい」ということまでは理解できました。

「数万のサークルが出店していて、3日間で数十万人が集まる大イベントやで」

 実際にコミケにも通っていた友人は、戦利品の同人誌を私に見せながら、詳しく説明してくれました。でも、悲しいかな、当時の私は大学デビューの経験の浅い漫画オタクでしかなく、同人誌なるものになぜ熱中するのか、その理由がわかりませんでした。

「それって儲かるの?」

「印刷代が出たら御の字かな。在庫の山のダンボールで部屋が埋まって、借金抱えた友達とかいるよ」

 そう笑いながら言う友人の言葉に、私は首を傾げました。赤字が出るリスクを抱えてまで、なんで同人誌を作ろうと思うのだろうか。

「創作でもパロディでも、漫画を書いて本を作るのが楽しいから、みんなやっているんじゃないかな。儲けるのが目的だったら、コミケは続かないよ」

「漫画を書いて本を作るのが楽しいから続いている」――この夜からコミケについては、ずっと積み残しの宿題のようなものになっていました。同人作家の方達を「そこそこ起業」という視点から読み解いていくことが出来るのではないだろうか。そんなことを打ち合わせで話していると、創作系同人誌サークルを主催し、4年前から同人活動一本で生活をしているMさんに取材する機会を本連載の担当編集者がセッティングしてくれました。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

週間ランキング 今読まれているホットな記事