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異端の経営学者が断言「ガンガン遊んで業界に入り込め!」ビジネス・エコシステムの再考察

とても冴えた起業のやり方

 ベンチャーの研究者なのに、企業家支援政策を潰すようなことをしているのか!
 
 そういうお叱りの声も届くかもしれません。

 起業する人の母集団を増やさないと、ユニコーン企業と言われるような飛び抜けた成功例が出てこないのは理解しています。だからといって、行政や学校がやる気ロジックを振り回し、学生を起業に導いて、積み上げた屍の上で大人たちが笑うようなやり方を肯定することができませんでした。

 もちろん、私が全く企業家支援を行っていないわけではありません。起業を目指して相談に来た人には、個人的にビジネスモデルや事業計画の相談をプライベートの時間を割いて引き受けています。だいたいは、「私が見て穴が見えるようなビジネスモデルは失敗するぞ!」と、持ってきたビジネスのアイディアにバンバン駄目出しをすることになります。喧嘩になるのも覚悟の上で、少しでも失敗の確率を下げるように、彼が起業で人生を駄目にしないため、壁打ちにキッチリ付き合うことにしています。

 先の会合のメンバーに対しては我慢できず激怒しましたが、私自身は起業という生き方、キャリアの選択そのものを否定しているわけではありません。私自身、父親(連載第一回)のように組織に所属しない生き方を選べず、なぜその選択ができなかったのかという疑問が、企業家研究を研究テーマとして選択した理由であり、未だに十全な回答を見つけられず、日々悩んでいました。

 そんな時、一つのヒントをくれたのが、ゼミOBのI君でした。

「とりあえず、業界に入ることが大事っすね。僕の場合、高校の頃には将来は起業しようと決めていたので、インターンのときから、その業界に入れる会社を選びましたし」

 東京都立大学に勤務も10年を超え、ゼミ生にも数名ですが起業した方がいます。その中の一人であるIくんと、コロナ前に呑みながら「在学中に起業できる人とできない人の違いってなんだと思う? 学生ベンチャーを増やせって話があってさ……」と半ば愚痴に近い質問をした時に、返ってきた答えがこれでした。

 彼は、在学中に大手IT企業のインターンに参加し、その後1年休学してその会社のスマホアプリ開発事業にアルバイトとして参加し、その実績でその会社から内定を獲得しました。就職して3年目に社内ベンチャー制度を利用して、アルバイト時代から準備を進めていたスマホアプリ開発プロジェクトをスタートして、そのアプリをベースに会社の支援を受けて独立しました。

 自分が起業するIT業界に決めて、その業界に入ることで起業に必要なスキルと経験を一通り獲得する。単に、大学でプログラミングの勉強をするだけでは、このスキルと経験は獲得できません。もちろん、起業マインドを高めるだけでは、この知識やスキルは絶対に身につきません。

「会社に勤務しつつ起業の準備を進めた」ことも重要です。一度、その業界の「会社」に潜り込んで、経験を積みつつ会社の看板や制度を徹底的に利用して、自分のビジネスモデルを実行に移せるだけの状態に持っていく。特に、社内ベンチャーを利用することで、会社の立ち上げに必要な資金を勤務先から調達したので、仮に倒産しても金銭的なリスクは最低限で済みます。これは、「会社」を退社した後では、絶対にできないことです。

 そして、そのどちらも、まず「業界に入る」ことなく手に入れることはできません。I君はまず、大学のインターンの仕組みを利用して、大手IT企業に潜り込むことから始めたわけです。リスクを徹底的に排除した、非常にクールなやり方です。20歳前後で、よくもまあ、そこまで考えたものだと感心しました。

「一年生の時に先生の授業を受けて、思いついたんですよ!」

「え、僕、そんな話したっけ?」

「社内ベンチャーを利用して起業するのが一番低リスクだって言ってましたよ(笑)」

 私は基本的に、授業で話した内容は次の日には殆ど忘れてしまっているのですが、どうやら彼が一年生の時のベンチャービジネス論の授業で、そのような事を話したようでした。

 I君はアプリ開発に参加する機会を掴み休学するか悩んだ時、その会社で経験を積んで最短で起業するつもりであると私に相談し、私はそれにGoサインを出したらしいのですが、それも完全に忘れていました。

 とはいえ、彼のとった手段は、ITという生き馬の目を抜く業界で、可能な限り低リスクで起業するにあたって、実に冴えたやり方だったし、だからこそ私もGoサインを出したのだと思います。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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