2023.10.18
学校での人気を左右するのは「親の性格」!? 第6話 『花より男子』事件
しかし、そんな子供の複雑な事情を親に説明する術もなく、また、説明したところでくだらないと取り合ってもらえないことも目に見えていたので、これ以上の説得は諦め、当然映画には行けなかった。反面、心のどこかでホッとする自分もいた。親友の地位から転落した私は、起死回生のためにも二人に友達と認められたいと思っていたが、あの二人の後ろをついて映画館まで行き、好かれようと頑張って会話に入るなんて精神的に辛いと感じていたからだ。三人でいるときは、二人でコソコソ話をして「なになに?」と聞く私に「ひみつ!」と言ってウィンクをして連携を深めるノリも定着していたし、リエちゃんは私の母が厳しく口うるさいことを知っていたはずなので、この映画だって初めから二人で観に行くつもりだったのも薄々わかっていた。何もしていないのに、なぜハブられるのか?と思ったりもするが、今思い返せば、ずっと私と遊ぶことが多かったリエちゃんも、ユイちゃんという気の合う友達と出会って初めて、私が「つまらない友達」だと気づいたのだろう。
記事が続きます
リエちゃんと私は「親友」を名乗った時期もあったが、根本的に性格は違っていた。私は幼稚園の頃は明るく活発どころか、喧嘩してリエちゃんを泣かせるような子供だったが、小学校2年生くらいからは逆転した。そもそも運動が苦手なので、鬼ごっこや氷鬼などのかけっこ系は全般ダメで、グループで遊ぶとことごとくみんなの時間を止め、挙句は気を使わせてしまっていた。つまり、足が遅い私が鬼になると一向に誰も捕まらず、あまりに遅いので臨場感がなくゲームそのものの面白さが失われてしまうのだ。さらに、鬼として捕まえる方にとっても、あまりに捕まえがいがない。ゲームの雑魚キャラである。そのため、氷鬼で私が鬼になった時も、あまりの捕まらなさに逃げ回るみんなが途中から飽きてきて、笑顔が消え、退屈しているのが分かった。そして、その中で1番大人な子がゆっくり走ってタッチされ鬼を交代すると、みんなの活気が戻るという流れが定番だった。最後にはみんなと校庭で走り回っていても私だけ絶対にタッチされず、他の「普通に運動できる子」だけがタッチされる。結果的に無視せざるを得ない状況を、自分が作り出してしまっていると気づいた時、こうした鬼ごっこからは足を洗うことにした。
記事が続きます