よみタイ

「おいしい」の並行世界 南北だけでは捉えきれない、インド料理の現在地

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない……!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回は、マニアたちが引き起こした悲喜こもごもの「南インド料理ブーム」について。
インド料理は、今どのように日本に根付いているのでしょうか。インド料理編最終回にして、本連載も今回にて最終回です。お知らせもありますので、ぜひ最後までお楽しみください。

インド料理編⑤ インド料理における価値観の多様性と、それを支える「誇り」

 概論編で少し触れた②グローバルスタイルの高級店と、今や日本中を席巻する最大派閥である③インド・ネパール店は、言うなれば連続する文化です。その連続性を解説するために、少し専門的な話になりますが、これらの店に共通する調理オペレーションについて軽く触れておきます。
 これらの店では、玉ねぎをメインとする香味野菜と基本的なスパイスを使って、「共通カレーソース」とでも言うべきものを大量に仕込み、ストックしておきます。玉ねぎの甘みが効いて、マイルドでなめらかな、それ自体がなかなかおいしいソースです。
 このソースには具材となるものが一切入っていませんので、具となる各種の肉や野菜は、それぞれ別で茹でるなどして、これもまたストックしておきます。あとは加熱調理済みの具材とカレーソースを組み合わせることで、膨大な種類のカレーを迅速に提供できる、というのがそのシステムの基本。前に、インド料理レストランは近代以降に生まれ発展した、ということを少し書きましたが、むしろそうだったからこそ、このように効率的で洗練されたシステムを比較的早い段階から完成させることができたのかもしれません。
 カレーに仕上げられる際には、単に具材とカレーソースを混ぜ合わせるだけというわけではありません。乳製品や各種ペーストなどの副材料や追加スパイスなども加えられ、それによって様々なバリエーションと、カレーの種類ごとの個性が創出されます。
 さて、この基本的なシステム自体は、高級店からインド・ネパール店にも引き継がれたわけですが、その際にいくつかの変更点が加わりました。変更点は多岐にわたるのですが、主なものを二つだけ挙げると、以下の通りです。

①具材の割合が減らされた
②副材料や追加スパイスの多くが省略された
 
 これだけ見ると誰もがこのように考えるでしょう。
「なるほど、そうやってコストや手間をカットして、安価に提供できるようにしたのか」
 部分的にはその通りなのかもしれませんが、決してそれだけではない、という点がとても重要です。それは確かにコストカットであると同時に「ホスピタリティ」でもあるのです。どういうことか。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。

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