よみタイ

いつも鏡を見てる

58歳男性がタクシー会社の面接に落ちまくる理由とは?

「ここ、だめなんですよ」

 埼玉県との境、中山道(国道17号)、戸田橋の手前の堤防に沿って500メートルと離れていないところに、戸田葬祭場が舟渡斎場と隣どうしに並んでいる。昼過ぎの暇な時間帯、流したところで客を拾えそうもないと、通がかりにそこを覗いてみた。タクシー乗り場に空車の行列がなければ付け待ちしよう、確実に客を乗せられる。まれに当たりを引くことはあるにしても、行き先はJR埼京線の浮間舟渡駅かせいぜい都営三田線の志村3丁目駅くらいのものだろうけれど、当てもなく空車で走りまわっているよりはましと考えたのだ。乗り場には順番待ちを示す数台分の白線の枠が縦に並んでいて、付け待ちしているのは先頭に1台、北光の黒塗りだけだった。そこに続いてクルマを停め、ハイライトを取りだしてクルマを降りようとしたとき視線を浴びていることに気がついた。乗り場の横に中央無線カラーの3~4台の休憩中らしい空車がいたのはわかっていたけれど、その運転手たちが揃って怪訝そうな表情でこっちに視線を向けていた。おおかた、ここを根城にしている連中が、見慣れない運転手の品定めでもしているのだろうと無視を決め込んだが、そうじゃなかった。北光の黒塗りから降りた男が近づいてくる。黒ぶちの眼鏡をかけた背の高い男だった。上着のボタンを外し、少し外股で歩く姿と彼の風貌は、ほかの運転手とはずいぶん毛色が違うと感じさせた。前職がサラリーマンだったり自営業者だったりする、いわゆる転職組みの運転手が多数を占めるようになったタクシー業界だけれど、それでも、ほんの少数ながら、根っからのタクシー運転手もいることはいる。そういう運転手はひと目でそれとわかる。どこがどうと具体的に話すのは難しいが、よくも悪くも玄人の雰囲気が漂っていて、間違いなく彼もそのひとりだ。タクシー運転手にとって「よき時代」と言えば40年以上も前、オイルショック以前のことだけれど、あの頃には珍しくもなかった無頼の運転手に通じる、そんな雰囲気を感じさせる男だった。

 彼が、運転席の窓を開けろと手で合図する。

「呼ばれてないですよね」

「ここ、だめなんですよ」

 物言いは慇懃なのだけれど、言っている意味がわからなかった。思い浮かべたのは、数人が、あるいは十数人がつるんで、自分たち以外の空車の出入りを許さない連中の姿だった。東京だけでなく、京都でも似たような経験がある。タクシー乗り場ではないのに客を確実に乗せられる場所が、少数ながらどの地域にもあるものだが、そこを自分たちだけのショバと決め、仲間うち以外の空車を寄せつけない連中がいる。ここもその手の、タクシー協会が知ったら火を噴いて怒りだしそうな乗り場なのかと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。

「ここね、無線で呼ばれたクルマが待機する場所なんだよね」

 この時点で、私はまだ中央無線の講習を終了していない。中央無線グループでのタクシー乗務経験がない運転手は、たとえリッチネット東京での経験者だろうと4社の10年選手だろうと新人扱いだから、まずは研修に参加しないことには話が前に進まない。研修を修了して、初めて無線配車を受けることができる身分になるのである。私は、まだ、だった。私が担当するクルマの無線がいっこうに鳴らないのは当然なのだ。戸田葬祭場の乗り場は、葬祭場からの電話を受けた無線室が近くにいる空車を配車し、そして呼ばれたクルマが待機する場所なのだという。そんな事情を知らない新人が付け待ちを決め込んだものだから、訝しがる他社の運転手の手前、「しょうがねぇな」とばかり、北光の先輩として彼が事情の説明に乗りだしてきたわけなのだった。このとき、初対面の挨拶の言葉を先に口にしたのは、もちろん新入社員の私からである。「よろしく」と返した彼。「イソベケンイチ」と名乗った。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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