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いつも鏡を見てる
タクシードライバーの職務経験を持つノンフィクション作家・矢貫隆さんが、ご自身ふくめて様々な背景を持つ多くのタクシードライバーたちの人生を徹底取材して描いた、ドラマティック・ノンフィクション『いつも鏡を見てる』
日経新聞などの書評欄でも紹介された、昭和・平成・令和を貫くタクシードライバーたちの物語を、期間限定で全文無料公開します!(不定期連載)

前回に続き、大分から上京してタクシー運転手になった中年男性の過去が語られます。

「もっとたくさん作りたいのに……」減反政策で棚田が荒れて苦悩していた57歳タクシー運転手の過去

いつも鏡を見てる 第12話

農地3町5反 1981年3月吉日

 国道387号を逸れた展望台から眺める棚田の風景がマチュピチュに似ているとかで『東洋のマチュピチュ』と誰かが言いだし、いまではその呼び名で知られるのは、彼の田畑がある峰田にほど近い、宇佐市院内町の西椎屋地区である。展望台からは、円錐形をした標高480メートルの山(秋葉様)と、棚田を支える石垣や家屋が並ぶ風景を眺めることができる。広角レンズで覗くそれは、いわれてみれば映像や写真で紹介されるマチュピチュに似ているかもしれないが、彼にしてみれば、自分の棚田の方がよっぽどマチュピチュだ、となる。大分県の北東部、国くに東さき半島の近くに位置する人口約3万人の峰田市。山あり谷あり、わずかながらも平地ありと地形は多様で、面積は250平方キロメートルというから、東京23区のうちもっとも広い、羽田空港がある大田区の4倍以上もある。西に位置する立石峠は、かつて豊前国と豊後国の境界で、現在は、半島の付け根を横断するようにしてJR日豊本線が通っている。標高200~600メートルの山々に囲まれたそこが彼のふるさと、峰田市峰田西町である(※編集注。大分県に峰田市は実在しない。実在する場所を参考にした仮の地名)。

 標高500メートルあたりに広がる棚田に立つと霞の向こうに幾重にも山が連なり、天気しだいでは周防灘の海が銀色に光る。26年間、この地に立ち、季節ごとに変わる山の色、日ごと成長する稲の実り、ただの一度として同じであったことがない風景を眺めては豊作を祈り、耕地の恵みに喜び、感謝してきた彼だった。戦後の農地解放で広大な田畑を手放すことになったが、藤枝家の元を辿れば豊前国の郷士で、かつてはたくさんの小作を抱え、地域の水利権を一手に握っていた豪農だった。いま、棚田の面積は2町7反(2.7ヘクタール)。平らな土地なら単純に7000坪ほどになる広さだが、山の斜面を利用しての段々畑だから実際の作付け面積は数値よりは少しばかり狭い。そして、昔はともかく、現代農業の経営には合理性を欠く棚田を所有しているのは、水が湧きだす山のてっぺん近くを所有するのが当たり前だった、かつての大地主ゆえである。別に畑が7反、ハウス栽培のためのビニールハウスは学校の体育館くらいの広さのものが5棟ある。彼が婿養子となって棚田をはじめとする農地3町5反(3.5ヘクタール)と、他人の土地や公道を通らずとも隣の集落まで行けるほどの広大な山を引き継ぐのは、藤枝の長女、香織といっしょになってから先のこと。食糧管理法の改正によって米は配給ではなくなり、それに伴って米穀通帳が廃止になった1981年(昭和56年)、その年の3月、彼が31歳、香織は23歳での結婚だった。当時、一定以上の耕地面積を有す農業経営体の耕地面積の平均は2.5ヘクタールだったから、山林を勘定に入れなければ、農業を主な仕事にしている農業従事者としての彼は、全国平均を1ヘクタール(1町歩)ほど大きい農地を所有する農家の跡継ぎになったわけである。好きな農業を好きなようにやれる。意気込んだ。

 彼の生家は耕地を5反しか持たない零細農家で、元は藤枝の小作だった。そこに生まれた彼は9人兄弟の6番目。今でこそ農業技術の向上で同じ面積から穫れる米の量は増えているが、かつては1人が1年間に消費するとされる量(150キロ)を一石としたから、9人兄弟なら彼らが食べるぶんだけで9石(1350キロ)が必要になる。5反から収穫できるのはせいぜい13~14石。両親と祖父母を勘定に入れたら売る米なんて一粒だって残らない。彼の生家は、それくらい規模が小さい農家という意味である。米作りをしたいと願っても「米農家」と胸を張れるほどの量を作付けできるわけでもなく、かといって野菜の栽培なら何でもこいともいかない。狭い面積をもっとも有効に使える作物を選ぶしかなかった。美味い米を作りたい、ハウス栽培で野菜を育てる腕をふるいたい。藤枝に婿入りし、好きな農業を好きなようにやれると勇んだのは当たり前の感情だった。このとき、それから二六年後、工面した50万円とボストンバッグひとつを手に、逃げるようにして、香織を残し東京にでていくことになるかもしれないなどと縁起でもない想像をするのは、60キロの米俵に一匹だけ紛れ込んでしまった穀象虫を見つけだすよりはるかに難しい注文だったろう。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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