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58歳男性がタクシー会社の面接に落ちまくる理由とは?

運転手集めに苦労している、はずなのに

 それに、次の会社の面接がすでに決まってる。共同無線グループ(解散)に加盟している中堅どころの大栄交通(現在は日の丸自動車グループ)である。ここも防犯カメラと入社祝金10万円の条件は揃っている。看板の威光は大手4社と4社のグループ会社にほんの少しだけ譲るにしても、それに等しいだけの気楽さはあるだろう。そう決めて臨んだ面接なのに、どうしたわけだか、いくら待っても結果を知らせる連絡がこない。もしかして忘れてるのかと、こっちから催促の電話をすると、はじめのうちは「面接なんてしたかな」みたいな調子だったが、思いだしたようで「あ~、はいはいはい」と声をあげた採用担当者。それから言いようをあらためて「残念ながら」を口にしたのだった。次に応募したのは緑色のタクシー、東京無線グループの飛鳥交通(現在は日本交通グループ)で、対応にでた採用担当者は「うち(板橋営業所)は運転手がだぶついているので小茂根営業所の担当者から連絡させます」と言って早々に電話を切り、それっきり小茂根営業所からの連絡はきていない。

 運転手募集の広告をだしているくせに、応募したら「運転手がだぶついている」とはどういうことなのか。なにやら様子がおかしいと感じはじめていた。タクシー会社はいつも運転手を募集している。スポーツ新聞の募集欄やウェブサイトには「高収入」「養成中の日当1万円」「3か月間 30万円給料保証」とか「入社祝い金10万円支給」とか記してあって、これを素直に読めば、運転手集めに苦労しているのだろうとの推測がつく。それなのに、即戦力の私が、立て続けに3社に袖にされてしまった。採用担当者の目が節穴だとしても、もしかすると、それだけが理由ではないのかもしれない。弱気になったつもりはないが、気づくと、やることは弱気そのものだった。面接にでかけたチェッカー無線グループの東京協同タクシーは春駒や大栄と同じ板橋区にあるのだけれど、最寄りの駅は上板橋だから、新宿から行くとなると池袋駅で東武東上線に乗り換えないといけない。生まれてこのかた、ただの一度も利用したことがない東武東上線である。通うとなったら不便だし時間もかかる。けれど、通勤時間がどうだの乗り換えなしがいいだのへったくれだのと言ってられない気がしはじめていたのだ。

 事務所に「新入社員」6人の写真入りのプロフィールが貼ってある。最年長は67歳だが、この人はおそらく定時制としての入社だろう。彼を除けば、年齢順に55歳、54歳、44歳と続き、残りの2人は、驚いたことに33歳と29歳だった。「タクシー運転手の高齢化に歯止めがかからない*2」と業界誌には書いてあったものだから、こんな若い人材が集まっているのが意外だった。けれど、次に面接に出向いた東京無線グループの宝自動車交通の事務所で、新人ドライバー紹介表を見て現実を直視することになる。そこには6人の新人が写真入りで紹介されていて、50歳代、40歳代、30歳代が並んでいた。それから数日後、提出した履歴書とともに「不採用」と記された通知が宝自動車から届き、その一方で「結果は来週のはじめに」のはずだった東京協同タクシーからの連絡はなしのつぶてだった。日本交通のウェブサイトから応募したのと同じころ、家から徒歩15分ほどの距離にあるグリーンキャブに応募の問い合わせの電話をしたのだけれど、そのとき対応してくれた採用担当者の反応を思いだした。彼は、「58歳です」と年齢を伝えた時点で断りの言葉を口にしたのだ。いわゆるリーマンショックからこっち、不況とリストラで、若い人材の職を求める波がわずかながらもタクシー業界にまでおよんできている。わずかといってもその絶対数は多いものだから、タクシー会社にしてみれば状況は買い手市場になっているようなのだ。しかも、そこに、業界全体として取り組んでいる「減車」がある。だとすると、経験があると自慢したところで、3か月で退職してしまった事実を履歴書に記すのはむしろ逆効果、マイナス印象の経歴になってしまう。1400台の営業車を保有する老舗タクシー会社、グリーンキャブの眼鏡に、大手の日本交通の眼鏡に、60歳を目前にしたマイナス前歴の運転者がかなうわけがなかった。

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新刊紹介

矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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