2026.9.17
僕が朝倉未来型の脱毛をはじめた理由──身体の上で繰り広げられる自己啓発
前回、『みいちゃんと山田さん』の文学的な主題を、2つの文学作品を補助線にして読み解きました。
今回は、山下さんが「脱毛」を体験してみて感じたことを綴ります。

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脱毛をしようと決めた日のこと
最近、なんだか毛の管理で人生が忙しい。
毎日朝ごはんを食べて、サプリとプロテインを飲み、抜け毛を抑えるフィナステリドと、発毛を促すミノキシジルを水で流し込む。それから洗面所へ行き、発毛を促すリアップを頭皮に1ml塗り込む。
平成一桁生まれの僕は、人生の半分近くを「ハゲはどうすることもできない」という世界線で生きてきた。その象徴として持ち出されるのはいつも、実業家の孫正義だった。何兆円という金額を動かす男でさえ生え際が後退しているのだから、ハゲはどうすることもできない──それが、平成一桁生まれの人間が浴びてきた価値観だった。
当時のハゲをめぐる空気は、今思えばかなり厭世的だった。小学四年生から始まったパソコンの授業では、ネットで流行っていた「ハゲの歌」を誰かが大音量で流しはじめるのが定番の悪戯だった。暗い画面に孫正義の顔写真が次々と浮かび上がり、「ハ~ゲパ~ゲこんなのや~だ、髪の毛~消え去ってゆく~」という陰鬱な歌詞が教室に響く。父も祖父もつるっぱげだった僕は、来るべき自分の将来を憂いながら、その歌詞を口ずさんでいた。
「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである」
そんな孫正義のツイートがバズったのは、2013年のことだった。大学生になっていた僕は、そのツイートを「ハゲの歌」に対する本人からの返歌として読んだ。生え際が後退することを嘆くのではなく、自分が前進したと捉えてしまえばいい。「ハゲの歌」が逃れられない宿命を嘆く歌だったとするならば、孫正義のツイートは、発想の転換によって宿命を宿命のままに肯定してしまう詩だった。
それから十年以上が経ち、時代は大きく変わった。
薬を飲みはじめると、ものの数ヶ月で本当に髪の毛が生えるようになった。もはや数万円で毛を生やせる時代が来たのだ、と思っていたら、今度は全身の毛をなくすことまで推奨されるようになってきた。
脱毛をしようと決めた日のことは、よく覚えている。
新宿のとあるバーで働いていたときのことだ。バーの客というのは、酔いも手伝ってバーテンダーの見た目に関してあれこれ言ってくるもので、カクテルを作るために腕まくりをすると、「意外と腕の毛がダンディなんですねぇ!」と、男性客から言われることが立て続けに三度あった。その言い方に悪意はなく、むしろ褒める意図で言ってくれていることはよくわかっていた。しかしそう言われるたびに、どこか嫌な気持ちになっている自分がいた。中学生のころ、人より体毛が濃いことを理由に「オヤジ」というあだ名をつけられ、バカにされていた記憶が蘇ったからだ。
他人から褒められているのに、過去のトラウマを思い出して自己肯定感が下がってしまう。これこそがまさにコンプレックスというやつだと思い、脱毛をしなければと決意したのだった。
とはいえ、それはあくまできっかけに過ぎず、実際に脱毛へと足を踏み出した理由の大半は、技術の進歩のおかげで脱毛が身近な選択肢になっていたことだった。脱毛がまだ今ほど一般的でなかった時代の僕は、たとえ自分の体にコンプレックスがあったとしても、世界のどこかに一人でもそんな自分を愛してくれる人がいればいい──つまり、宿命は運命によって乗り越えられると思いながら生きていた。セックスの最中、恋人が僕の体毛を撫でてくれることこそが愛の証だと、信じて疑わなかった。
しかし、体毛を撫でてくれる恋人とは別れ、また次にできた体毛を撫でてくれる恋人とも別れた。コンプレックスを受け入れてもらえることと、その相手が運命の人であることは必ずしもイコールではない、という当たり前の事実にようやく気づいたとき、ちょうど体毛が宿命ではない時代が到来していたのだった。
男の全身脱毛が広く語られるようになったのは、2020年前後のことだ。その中心にいたのは、SNS時代にもっとも求められる自己プロデュース能力によって、自らをブランド化することに成功した男たちだった。
元ホストで実業家のローランドは「無駄毛は暴力だ」とまで言い切り、脱毛をすることはマナーであり、モテる男になるために必要なことだと説く。YouTuberのヒカルは、美意識と年収は比例するからと成功のために脱毛を勧め、格闘家の朝倉未来は、外見のコンプレックスを解消すれば自信がつき魅力が上がると言う。刑務所にいるときに床に自分の毛が散らばるのが気になって仕方がなかったという経験を持つホリエモンは、脱毛をするとQOLが上がり、生活が快適になるんだと力強く語る。
言い方はそれぞれ違えど、そこで言われていることは突き詰めれば一つだ。生まれ持った条件に甘んじず、自己投資によって自分を変革すれば、人生を善い方向に切り開くことができる。SNS時代に自己プロデュースで人生を好転させた者たちの成功哲学を、誰もが自らの身体で実践できる形へと翻訳したもの──身体の上で繰り広げられる自己啓発とすら言えるものが、男の脱毛なのだ。
「人間は自由の刑に処せられている」とは哲学者サルトルの言葉だが、技術の発展によって体毛からの自由を手に入れることができるようになった結果、今度は体毛を残しておくことの責任を問われるようになってしまったのだ。体毛があるなんて、暴力的で、マナーに欠けているし、年収は上がらないし、自分に自信も持つことはできず、QOLは一向に低いままで、モテもしない。それなのに、どうして毛を残しておく理由があるだろうか?
そんな時代の空気の変化をまさに体現しているのが、お笑い芸人のかまいたち・濱家だ。2023年から医療脱毛クリニックのCMに出演している濱家は、当初は「脱毛いいですよ~」と呼び掛ける自分のスタンスが、2026年にはこう変化したという。
「まだ脱毛してないんですか~?」
「脱毛するかしないか」という問いが年々、「いつ脱毛するのか」という問いへと重心を移してゆく。僕もまたそんな時代の空気に背中を押される形で、中学生のころからのコンプレックスを解消し、自分に自信を取り戻すための脱毛──つまり、朝倉未来型の脱毛をはじめたのだった。
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