2026.9.17
僕が朝倉未来型の脱毛をはじめた理由──身体の上で繰り広げられる自己啓発
「女性の肌のようだ」と表現していたことが間違いだった
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実際に行動に移してみると、当初の動機からは予想していなかったものが得られるもので、脱毛をしてまず驚いたのは、体の軽やかさだった。
お風呂で湯船に浸かり、上がった瞬間の体の重みが、格段に減ったのだ。というより脱毛をしてはじめて、自分は湯船から上がる瞬間に体に水の重みを感じていたということを知った。
そしてバスタオルでいつものように体を拭くと、これまでより遥かに水滴が綺麗に拭き取れるのを感じ、あることを思い出した。思春期を越えたあたりから、母親に「あんたがお風呂から出たあと床がびしょびしょなんだけど!」と、やたら怒られるようになったことを。
あれは、体毛のせいだったのだ。僕は思春期に入り体毛が濃くなっているにも関わらず、ずっと毛の少なかった頃と同じ拭き方をし続けてしまっていた。バスタオルで軽く拭くだけでは毛に絡んだ水分は取り切れず、動くたびにそれが床に滴り落ちていたということに、脱毛をしてはじめて気づかされた。
そしてさらに驚いたのは、毛がなくなった肌に化粧水を馴染ませると、ものすごくすべすべになるということだった。自分の肌を撫でながら、まるで女性の肌のようだ、と思った。いや、これを「女性の肌のようだ」と表現していたことがそもそも間違いだったのだ。肌のすべすべさを分けているのは男と女の違いよりも、脱毛をしているかしていないか──ローランド風に言うならば、マナーがあるかないかの違いのほうが大きかったのだ。
その気づきはセックスにも影響を及ぼしていて、これまでは女性のすべすべした肌を触ることに興奮していたのに、今は相手の肌を触ると、どのくらい脱毛が進んでいるのか、その進捗具合のほうを気にするようになってしまった。
このまえは、相手の両脚を上げたとき、太ももの裏になにも処理されないまま生えていた大量の毛を見つけ、そのことにむしろ興奮してしまい、気づけば太ももの裏の毛をしばらく撫でている自分がいた。そして、ふと思った。かつて僕の体毛を撫でてくれた人たちも、こんな気持ちだったのだろうか。
(了)
次回連載第15回は10/15(木)公開予定です。
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