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推しのメイドが客とつながった?! 責任感と嫉妬で揺れた柴田勝家の苦言

きょうちゃんからの手紙

 時はめぐり翌年となった。

 早いもので、ワシが戦国メイド喫茶に通うようになってから一年が経ったのである。店の手形(ポイントカード)のランクは「家老」だが、もうすぐ「大名」となる。そうなれば目指すべき「征夷大将軍」まであと一歩だ。

 で、そんな実感はともかく朝倉きょうちゃんの周年イベントが告知されたのだ。今回もイベント当日までの流れは割愛。もう三回目ともなれば慣れたもので、近くの花屋にスタンドフラワーを注文しにいくことだって余裕だ。

 しかし、この時のイベントで少しばかり問題があった。

 当時、ワシは小説二作目である『クロニスタ 戦争人類学者』の刊行予定があり、その直しの締め切りがきょうちゃんのイベントと丸かぶりしていた。ワシはきょうちゃんに断りを入れ、奥の席で一人、ゲラの修正作業を行っていた。主な作業はチェックだから、時折、手を止めてイベントを盛り上げることだって叶うはずだった。お詫びの気持ちも込めて、初めて自分一人でシャンパンのボトルだって入れた。

「ねぇ、勝家さん」

 そんな作業中のワシに対して、イベントの主役であるきょうちゃんが恨みがましい視線を向けてくる。さすがにワシもそこまで鈍感ではないので、きょうちゃんが怒っていることくらい想像できる。

「そろそろ仕事、終わりそう?」

「いや、まだ。ああ、でも最後のライブまでには間に合わせるさ」

「待ってる、からね」

 きょうちゃんは明らかに病んでいた。なおやてんの悲劇も尾を引いているのか、朝倉軍がいなくなることを極端に恐れているのかもしれない。

(でもワシ、来てるだけ偉くない?)

 などと増上慢。ぶっちゃけ家でやれば早く終わってた気もするが、イベントは開店と同時に参加したかったのだ。結果、遊びながら仕事をするという無茶をした。いっそ後から来た方が「仕事終わらせてまで来てくれてありがとう!」と感謝されたかもしれない、と今にして思う。不良が優しくすると高評価を貰える理論だ。

 そんなこんなで周年イベントは終わったのだが。

「勝家さん、この間はありがとうね」

「あ、ああ……」

「あとこれ、家に帰ったら読んでね」

 イベントの数日後、きょうちゃんがワシに直筆の手紙をくれた。それはシャンパンを入れたことへの特典で、大体はイベントで尽力してくれた感謝を伝えるものだったが……。

『勝家さんは、厳しいところもあるけど信頼しています』

 そんな気になる一文もあった。

「ワシって厳しかったかな……」

 なおやてんが辞めた時など、身に覚えがないとは言わないが、それは落ち込むことの多かった彼女をフォローするつもりで言ったものだ。気になったので後日に聞いてみれば、きょうちゃんからはこんな返答があった。

「勝家さんの言うことって、正論なの、知ってるけど……。でも、私はそんなに強くないし。共感してくれるだけで良かったな、って……」

 なるほど、と納得。世間によくいう「男性は必要のない答えを言うが、女性は共感して貰いたいだけ」というものだ。今まで眉唾だと思っていたが、こんなテンプレみたいな意識の違いがわかる瞬間があろうか。

 さて、とにかくだ。ワシはこの日を境に、彼女に対して少しばかり掛け違いを感じるようになった。

メイドとお客さんがプライベートでつながる御法度

 そうした中、二度目の事件が起きたのだ。

「え、パピさんの配信にきょうちゃん来てるの?」

 ワシが戦国メイド喫茶に行ったある日のこと、馴染みの常連客からそんな情報が寄せられた。当時はツイキャスが盛んで、ゲーマーでもあるパピさんは良く配信を行っていた。そこに他ならぬきょうちゃん自身が参加しているという。

『マジできょうちゃん来てるの?』

 と、さっそくLINEでパピさんに確認する。

『ああ、来てたよ。それがヤバい感じでさ、この後やるからさ、かっちゃんも様子見てよ』

 そう誘われたので、ワシは秋葉原からの帰り道でパピさんのツイキャスに参加した。コメントを残さず、参加者にワシがいることは誰にも知られていない状態だ。何人かの友人が参加する中、やがて見慣れたツイッターのアイコンと「朝倉きょう」という名前が表示された。

『マジで来てるな。あれ店のツイッターじゃな』

『でしょ。ヤバいよね』

 ヤバいのである。店が管理できない状況で、メイドさんがお客さんとやり取りできる状態なのだ。百歩譲って個人のアカウントで来るならバレないが、メイドさんとしてのアカウントでの参加である。まぁ、千歩譲ってコメントしないならギリ大丈夫だけど。

『パピ、また来ちゃった』

 と、きょうちゃんはコメントした。ダメだ。

 しかも、きょうちゃんのパピさんへの話し方はどうにも親しげで複雑な気持ちになる。

『パピさん、どうする……?』

 ワシは裏でパピさんにLINEした。

『どうしよっか……』

『とりあえず店には黙っとこう。後で本人にやめるように言うか……』

 ワシはパピさんとLINEでやり取りをしながら、彼自身がゲームをする様子を眺めていた。なおもコメント欄ではきょうちゃんがパピさんに語りかけており、しかも内容はどんどんとエスカレートしていく。

『パピって長野に住んでるんだよね。いいなー』

『そのうち、私も長野に行きたいな』

『そしたらパピが案内してね!』

 むむむ、と思う。こういうのは非常に良くない。万歩譲って店で言うのはアリだが、ここはプライベートな場だ。いや、完全に外に漏れないなら目も瞑れるが、パピさんの配信には店の別の常連だって参加しているのだ。

「これは、困ったことになったぞ」

 しかし、事態はジェットコースターのように進んでいく。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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