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わたし自身とわたしの身体は、ただのモノとして投げ出されているように感じられた【第16回 生きることへの断絶を抱えて】

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子のために台所に立ち生きられた手のひらよりも大きなハンバーグ

 誕生日には、家族のリクエストを聞き、できる限りそれを作ることにしている。

 長男のリクエストは、記憶の限りずっと「信じられないくらい大きなハンバーグ」で、わたしは一キロもの挽肉をこねて、毎年、手のひらより大きいハンバーグを作った。彼が一人暮らしを始めてからもその習慣は続いていたが、今年二十七歳の誕生日を迎えた彼は家に帰ってくることはなく、ハンバーグの連続記録は途絶えた。
 次男のリクエストは、長らく「手巻きクレープ」だった。手巻きクレープとは、クレープの皮をたくさん焼いて(五十枚ほどの皮を一枚ずつ、なんと二時間もかけて焼くのだ!)、クレープに包む具材を色々用意する。ハムやチーズ、ツナなどのしょっぱい系から、フルーツやクリーム、あんこ、チョコレートなどの甘いものまで。それをめいめい好きなものを好きなだけ包んで食べる。
 次男は高校生になったあたりから、ステーキやすき焼きをリクエストするようになり、今年の誕生日は肉一キロのすき焼きだった。
 三男のリクエストは、これまでずっと一貫して「手巻きクレープ」だ。いくつものクレープを、わき目もふらずどんどん食べていく。わたしは二時間かけて焼いた皮がみるみるなくなっていく様に一種の爽快感さえ覚える。

記憶とはほどけてつながりまた解けるちひさくなりたる夫の茶碗

 クレープの皮を積み上がるほどたくさん焼いた誕生日のことなど、いつか幻のようになるのだろうか。五十代になった夫の茶碗は、結婚当初より小さくなった。

 トマトソースを煮ながら台所で本を読み、子どもが小さな頃にはおんぶをしながらお皿を洗い、あるときには、これは本物の危機だと感じる夫婦喧嘩を台所でしたこともあった。
 お味噌汁の出汁にはきっとわたしの心の一部が入っているだろうし、毎朝炊き上がった白いごはんをしゃもじで家族のお茶碗によそうときには、もしかしたらたましいだってまじっていたかもしれない。

 わたしを長らく苦しめてきた過去のトラウマについては、四十代の半ばにカウンセリングを受け始めるまでは発見されることなく、手当てもされないままだった。
 病院へ行ったら、わたしの身に起きていることはなんらかの病気の症状ということになって病名がついた。毎回いろんな薬が処方されたが、どれを飲んでも苦しさは和らぐことがなかった。わたしはもう生きているだけでやっとだった。いや、それすら困難だった。自殺を思い描いたことは数限りない。実際に試みたことも何度かある。

 それでも、わたしは台所を捨てなかった。台所はわたしの場所であり続けた。それはなぜだろう?死んでしまうほどの苦しみの中なのに?
 それはやはり、台所という「食=生」と繋がっている場所に、わたしがかすかな希望を見出し続けてきたからだと思う。
 カウンセリングを受け始めてしばらくした頃、カウンセラーがわたしに「あなたが世界に絶望するのも無理はないと思います」と言ったことがあった。そうだ。わたしは世界にずっと絶望していた。
 けれど同時に、よいもの、美しいもの、信じるに値するものがまだこの世界にあるのではないかと、どこかで思わずにはいられなかったのだ。だからわたしは台所を手放さなかった。

 台所があったから、わたしは生き延び、緩やかに身体を取り戻し、暮らしを営むことができた。裸でベッドと机とお酒だけがある世界へ取り込まれずに済んだ。

風吹けばうるほふからだ火と水と心を使ひごはんを作る

 今日は鶏団子の煮物を作る。これは、調味料を一つずつ順に加えながら、その度によく練るのがポイントで、程よい味加減のやわらかな団子になる。子どもたちの好物だ。そのほかには特売のなすで揚げ浸し。そして根っこのところを庭に植えて生えてきたねぎを摘んできて、わかめと豆腐のお味噌汁。

 まだ明るい夕方の台所から外を見る。台所と窓の間には大きな食卓があり、今はドウダンツツジを飾っている。いつも見ているこの風景をあと何度見るのだろうか。ふとそんなことを思った。当たり前のように見ている景色は、当たり前のように見えなくなる。
 包丁で野菜を刻むその手触り、火の熱さ、鍋の蓋を取ると立ち上ってくる炊き立てのごはんの湯気の香り。そんなものに触れながら、わたしはわたしを取り戻してきた。

 いや、ちょっと違うかもしれない。わたしはわたし自身と、そしてわたしの身体と出会いなおしてきた。割れてしまった器は、傷ついてしまった表面は、元の何もないまっさらな頃に戻ることはできない。
 わたし自身とわたしの身体もそうなのだ。けれど、傷を持ちながらもあたらしいわたしを創っていくことができる。わたしにはその力がちゃんとある。

 そう思えるのは、そして生きてこの言葉をあなたへ届けているのは、わたしに台所があったから。この先も、わたしと台所が共にあるからだと思うのだ。

 

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ご愛読ありがとうございました。本連載は、書き下ろしを加えて2027年3月頃に単行本化を予定しております。

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新刊紹介

齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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