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いつになったら「奥さん」に慣れるのだろうか【第15回 社会が求めるロールモデル、役割だらけの現実】

歌人の齋藤美衣さんの著作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』は、自身が内包する「傷」を掘り下げ、その筆力もあいまって話題となりました。続けて刊行された歌集『世界を信じる』も、暮らしの中の一瞬や移ろいを清澄な言葉でとらえ好評です。
日々を過ごすなか、また、過ぎた時間のなかに、惑い途方にくれること、悔恨、屈託、解放されたこと…暮らしの断片と陰影を、歌に込め文に紡ぐ短歌エッセイです。

バナーイラスト/鈴木千佳子 本文写真/著者提供

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「奥さん」と呼ばれて「はい」と返事する声は真水のやうな匂ひす

 駅前の魚屋さんで鯖を買ったら、「はい、奥さん」とビニール袋に入った包みを渡された。
 「”奥さん”か」と内心思いながら、「ありがとうございます」と言って袋を受け取って、家に向かって歩き出す。この魚屋さんは、いつも何人もの男の人がビニール製の前掛けをつけて立ち働いていて活気がある。駅のすぐそばの大きな通りの角にあるから、いつも大勢のお客さんで賑わっている。
 それなのにわたしがその魚屋さんをあまり利用しないのには、どうやら一つにはこの「奥さん」問題があるようなのだ。「“奥さん”という言葉は、女性を奥に置くようで差別的だ」と声高に言いたいのではない。もちろんそういう語源の言葉を好ましく思っているわけではないけれど、それよりも「奥さん」という言葉に含まれる、「わたし」という存在を押し込めたような女性らしさや穏やかさ、上品さというイメージの方にわたしは違和感を持っている。

 結婚したのが二十一歳の時だったから、わたしはかれこれ三十年近く「奥さん」なのだけれど、そんなに長くこの呼び名に当たる人生を歩んできても、どうにも慣れない。そんな深い理由なく人はこの言葉を使うということを承知しているのに、「奥さん」と呼びかけられるたびに、「いえ、そんなことはないんです。わたしはそういうものではありません」と言って消え入りたくなってしまう。配偶者がいる女性であることは確かなのだが、「奥さん」に象徴されるイメージは、わたしをとても居心地悪くさせる。
 けれど魚屋さんでのやり取りにいちいちそんな違和感を表明するわけにはいかないから、わたしはほほえんで、毎回、お金を払って魚を受け取る。その時のわたしは他の人からどう見えているだろうか。ちゃんと「奥さん」に見えているのだろうか。魚でずっしり重いビニール袋をぶら下げて帰る道すがら、こんなことを考えながら、わたしはやっぱり居心地が悪い。

 社会から求められるさまざまな役割を、他の人はもう少し涼しい顔をしてやりこなしているように見えるのに、わたしはまるでダメだ。いちいちどぎまぎして、いちいち気になって、いちいちくたびれてしまう。
 「奥さん」だけがダメなのかというと、そういうわけではない。この魚屋さんでは、「奥さん」以外に「お姉さん」と呼びかける人もいて、こちらもなかなかに引っかかってしまう。「姉」という意味で人は他人に「お姉さん」と使わないことは承知しているのに、変な気がしてしまう。さらに「若い女性」という意味のお世辞を含みながら、中年以降の女性に使うこの呼称が「奥さん」以上にねじれた違和感をわたしにもたらす。一体、結婚や年齢に関わらない女性の呼び方はないものなのだろうか。こんなことがいちいち気になって、毎回くたびれているのはわたしだけだろうか。

わたくしの何も知りたくないといふけふの夕日はとても大きい

 子どもがいるか、結婚しているか、若いか歳をとっているか。もちろんその一つ一つの事柄によってわたしは影響を受け、変化するけれど、それはわたしを表すごく一部でしかない。今日魚屋さんで鯖を買ったわたしは、午前中には小説を書き、その後出かけた先ではハン・ガンと雑誌「世界」を読んでいた。その日は何度か、今世界で起こっている戦争のことを考え、各地で行われているというデモのことを考えた。そして今、夕ご飯の献立のことに頭をめぐらし、塩焼きにしようと鯖を買ったのだ。
 「奥さん」という呼び名からは、わたしの主たる部分が全部抜け落ちて、献立を考えるだけの存在にされてしまったようだというと、言い過ぎだろうか。

 この連載で、以前「お母さん」に慣れないということについても書いた。ある役割だけにスポットライトが当てられた呼び名は、いつだってわたしを窮屈な気分にさせる。わたしは一日のうち何度も見知らぬ他人から、「お母さん」や「奥さん」と呼ばれ続ける。その呼び方は、わたしを息苦しくさせ、それ以外の関係性を多く持つことの難しかったもっと若い頃のわたしは、そこから抜け出したくてたまらなかったように思う。

改行の少ないページを汚しつつ台所で読むハンナ・アレント

 最近知った言葉に「報復性夜更かし」がある。これは、日中に自由な時間がなく、ストレスを抱える人が、その反動で睡眠時間を削り、夜に自由時間を取り戻そうとする行動なのだそうだ。なるほど、体は疲れているはずなのに、だらだら起きてSNSを見続けてしまったり、夜遅くに部屋の片付けなんかをしてしまうことが以前はよくあったなと思う。それは、社会から規定された役割から解き放たれた時間を望む気持ちが大いに関係しているのではないだろうか。
 以前のわたしは、料理をしながらよく本を読んだ。子どもの頃に「本の虫」と言われたくらいだから、ただ本が読みたかっただけかというと、どうもそれだけではない。わたしの場合は、子育ての合間のほんの短い時間を縫うような読書は「報復性読書」だったのかもしれないと思う。
「お母さん」や「奥さん」としてのありきたりな会話しかない日々の中で、わたしは自分が死んでいくように感じていた。もっといろんなことを知りたかった。もっといろんなことを考えたかった。もっといろんなことを人と話したかった。「お母さん」でも、「奥さん」でもなくいられる本の中は、わたしにとって精神の自由の居場所だったのだ。本を読む間は、役割だらけの現実をしばし離れて、わたし自身でいられたのだと思う。だからわたしは台所の片隅で、醤油やトマトソースの染みを本につけながら、それでも本を読んだのだと思う。
 今だってそういう部分がゼロになったわけではない。どこに出かける時も、ほんのわずかな待ち時間でも本を広げないといられないのは、「お母さん」や「奥さん」ではないわたしであることを、繰り返し確かめているからかもしれない。

 では、「お母さん」や「奥さん」になって後悔しているのかというと、それはちょっと違う。社会から役割としての呼び名で呼ばれ続けてしまうことに、時々疲れてしまうのだ。社会からのその呼びかけは、わたしがどんな人で何をし、何を考えているのかを丸ごとないことにされてしまっているように感じるのだ。

わたしとは一体なんだろうか。子どもの頃から、わたしは「わたし」が一体どういう存在なのかわからないと思っていた。わたしは子どもらしい子ども、つまり無邪気で可愛らしく活発で外で集まって元気に遊ぶ、社会が求めるような子どもではなかった。いつもぼんやりしていて、一人でいることが好きで、外で遊ぶよりも部屋で本を読んでいる方が好きだった。
 つまり人生の初めから、「子ども」という社会が求めるロールモデルにそもそも馴染めなかった。「奥さん」どころか、子どもの頃からダメだったのだ。日本語が英語みたいに「あなた」の二人称が気軽に使える言語であればよかったのに、と思いながらそれでもわたしはどうにかならないかとじたばたしてみる。自分では「旦那さん」、「ご主人」や「奥さん」を使わない、なるべくその人の名前で呼ぶなど工夫してみるが、そもそも個人的関係のないようなお店などの場ではどうしたら良いのだろうか。

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新刊紹介

齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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