2026.7.27
草葉の陰でご先祖様は何を思うのか【第15回 死後も残る小さなイエ】
縛られず、気兼ねなく過ごせる一人の時間は自由気ままで、得難い魅力があります。
一方で、孤独死、孤食、ぼっちなど、「一人」に対して、否定的なイメージがつきまとうことも否めません。
家族関係も多様となり、オンラインで会わずにつながる関係性も行きわたった昨今、一人=孤独というわけではないにもかかわらず…。
隣に誰かがいても、たとえ大人数に囲まれていても、孤独は忍び寄ってくるもの。
『負け犬の遠吠え』『男尊女子』『消費される階級』『ひのうえうまに生まれて 300年の呪いを解く』など、数多くの著書で時代を掘り下げ続ける酒井順子さんが、「現代人の孤独」を考察します。
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マンション墓の衝撃

ある親戚が、
「うち、墓じまいをしたんだよね」
と言っていました。
親御さんが亡くなったことを機に、お寺の墓地にあったお墓を、いわゆるマンションタイプのお墓に移したのだそう。
「すごくいいよ」
ということなので、後日一緒にお墓参りをさせてもらうことにしました。
都心にあるその霊園でまず受付をすると、お参りする場所を指定されます。エレベーターでそのフロアに行けば「○○家」と家の名前が既に出ていて、お花とお焼香の道具もセットしてありました。
「お花もお線香もいらないから、手ぶらで来てね」
と言われたのは、こういうことだったのかと納得して、私はお焼香をしたのです。
お参り後、しばし墓前で親戚夫妻と話をしている時、
「こんなにラクだとは!」
と、私は感嘆の声を漏らしていました。
我が家の墓は、都内のお寺の墓地にあります。泉下のメンバーには夏が命日の人が多いのだけれど、日本の夏が近年、耐えがたい暑さになっているのは、みなさんご承知の通り。
炎天下の墓参は、過酷です。草をむしって落ち葉を片付けお墓を掃除し、花を飾り終える頃には、全身汗みずくに。手を合わせていると命の危険を感じるようになり、ゆっくり祈りなど捧げられない。精も魂も水分も尽き果てた状態になって近くのコンビニに駆け込んで冷えた飲み物を一気飲みすれば、手先が痺れてくるかのよう。
それに比べてマンション墓の、なんと快適だったことでしょう。汗の一滴もかかずにゆっくりと故人を偲ぶことができたのであり、ご先祖様側からしても、あちらの方がずっと快適なのではないか。
マンション墓で覚えた感動を、私はさっそく、我が家の法事の折、義姉と姪に語りました。お墓を掃除しつつ、
「とにかくラクだったのよ。暑さ寒さもなし、お水とか箒とかを持つ必要もなし!」
と言うと、二人も目を輝かせます。
「いいなぁ」
「いいよねぇ」
と、墓じまいへの欲求がむくむくと湧いてきました。
それというのも我が家のファミリーツリーは先細り状態であり、墓を守るのは、今やこの三名のみなのでした。将来は、姪一人が墓を引き受けることになるわけで、負担はなるべく軽くしておいてやりたい。
「考えてみますかねぇ」
ということになりました。
墓じまいの話題は、友人達の間でもしばしば出てきます。お墓のある地から離れて住む人も多いし、我が家と同様にお墓を守る人が減少している家も珍しくなく、墓問題は国民的な話題と言っていいでしょう。
少子化が止まらない今、「我が家の墓は安泰」と思うことができる人の方が少数派です。知り合いは二人の息子がいるのですが、長男は独身のまま中年になり、次男は既婚子ナシということで、
「息子が二人いれば安心、と昔は思ってたんだけどねぇ。我が家も墓じまいした方がいいのかも」
と言うのでした。
イエを守ってなんぼ、という時代であれば、この家の長男が独身のまま中年になることを、親は許さなかったことでしょう。親が相手を見つけて無理にでも結婚させ、嫁には男児の出産を期待する言葉を日々、投げかけていたに違いない。
子供のいない次男も、放ってはおかなかったと思われます。不妊治療のなかった時代であれば、子授け系の神社や子宝の湯に行くようにと、嫁の尻を叩いたのではないか。
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