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子育て、家事、仕事。わたしは一日の終わりにわずかな力も残っていなかった【第14回】台所から出たくてたまらなくなった日

歌人の齋藤美衣さんの著作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』は、自身が内包する「傷」を掘り下げ、その筆力もあいまって話題となりました。続けて刊行された歌集『世界を信じる』も、暮らしの中の一瞬や移ろいを清澄な言葉でとらえ好評です。
日々を過ごすなか、また、過ぎた時間のなかに、惑い途方にくれること、悔恨、屈託、解放されたこと…暮らしの断片と陰影を、歌に込め文に紡ぐ短歌エッセイです。

バナーイラスト/鈴木千佳子 本文写真/著者提供

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飛び出してしまひたかつた縦横に豆腐を切つてゐる台所を

 初めて告白すると、かつて強烈に台所から出たくなったことがある。
この連載は「台所で詠う」だから、わたしはなんとなく家の中にいて細々こまごまと家事をしていることを書かなくてはいけないような気がしていた。台所は嫌いではない。家事をするとすっきりするし、料理も手仕事も好きな方だ。でもわたしがいわゆる「ていねいな暮らし」をしていると思われると、「違います、それは誤解なんです」と言いたくなってしまうし、そんな旧来の女らしさと母性を兼ね備えた人と思われてしまったら、あまりの自分の認識との違いに恥ずかしくなって身もだえしてしまう。

 あれは三十代の初めだった。子どもが二人いて、夫と始めたばかりの事業に忙しく、毎日目がまわるような日々だった。子育て、家事、仕事に忙殺されていたのだが、そのどれもがわたし自身とは乖離しているように感じていた。
 わたしは他の人のようにちゃんと子育てできていない、自分は十分に子どもに愛情を注げていないと密かに悩んでいた。家事は嫌いではないけれど、家族が散らかしたものを片付け、拭いて、整えていくことは、積み上げては崩れる砂のお城を作っているような途方もない気持ちがした。そして、なんといっても大変だったのが仕事で、わたしは自分があらゆる仕事に向かないことにほとんど絶望していた。でもその当時は、向かないのはただの努力不足だと思っていたし、仕事ができないということは社会的な死のように感じていたので、自分としてはものすごい努力をしてなんとか続けていた。子どもの頃は、大人の女性になったら自然とできると思っていたものをわたしは何一つできなかった。

 唯一心のり所と思っていたのが、書くことだった。といっても当時は短歌の会に毎月提出する十首の短歌を作ること、ときおりブログでエッセイを書くことくらい。短歌だってエッセイだって誰が読んでいるか、いないのかわからない。それでも書くことはわたしにとって大切なことだった。
 そんな大切なことだったけれど、書くための時間とエネルギーはその頃のわたしにはほとんどなかった。洗濯物を干しては取り込み、ごはんを作っては片付ける。子どもに食べさせ、着替えさせ、お風呂に入れ、寝かしつける。その間にもちろん仕事があった。わたしは一日の終わりにわずかな力も残っていなかったのだ。

逃げたかつた泣きたかつた怒りたかつた 妻、母、女、そしてわたしから

 ある日のことだった。まだ六、七歳だった子どもが突然嘔吐してしまった。よりによってお腹いっぱい夕飯を食べた後だった。しかもトイレに間に合わず、トイレの入り口で盛大に戻した。さっきまで料理だった残骸が、トイレと廊下の広範囲にぶちまけられた。そのときのことを今でもよく覚えている。

 わたしはへなへなとその場に座り込んでしまった。わたしはさっきやっとのことで子どもたちに夕飯を食べさせたのだった。夕飯の後は、汚れたお皿を片付けて、お風呂に入れて。パジャマを着せて、布団を敷いて寝かせなくてはいけなかった。それだけの力だってもう残っているのかわからないくらいだったのだ。
 床一面に広がった吐瀉としゃ物を前に、わたしはもう一歩も動けなかった。わたしは逃げ出したかった。おいおい泣いて誰かに助けを求めたかった。その汚れ物から、台無しになってしまったトイレから、終わりのない家事の台所から、お母さんというわたしから、奥さんという自分から、大人という毎日から。
 わたしは床にぺたりと座り込んで、信じられないほど汚れた床をぼんやり見ていた。床にへたり込んだわたしに、まだ赤ちゃんだった下の子どもがまとわりついてきた。その後どうしたのか、どうしても思い出せない。わたしは無い力を振り絞ってそれを片付けたのだろう。逃げ出さなかった。いや、そんな立派なものじゃない。わたしはどうやって逃げ出したらよいのかわからなかったのだ。だから今いる場所にい続けるしかなかった。

 その頃よく見た夢がある。夢の中でわたしは一人で暮らしている。暮らしている小さな部屋にはベッドと机しかない。わたしは机に向かって書く。一日中ずっと書く。そして疲れたら眠る。そしてまた書く。それだけの夢だ。夢の中には家族も友人も誰も出てこなかった。食事も散歩もなかった。わたしはただ書きたかったのだ。家のことも、仕事も気にせず、好きなだけ好きなことをしたいと思った。もしわたしが一人で、十分にお金もあって、書くことだけできていたら、と夢の中でわたしは思った。だが同時にそんなことできないのも知っていた。
 悔しかった。悲しかった。辛かった。やりたいこともやりたくないことも、やっていることもやっていないことも、何もかも自分には十全になんてできはしないのだ。どれか一つだけでいい、ちゃんとできたら、と願った。

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新刊紹介

齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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