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「推せないしんどさ」はASDなどの発達特性? グレーゾーン自認の「推せない者」が先送りにしていた課題に向き合ってみた

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「流行りに乗れない」心理と発達特性を対比してみた

まず、「流行りや熱狂的なファン心理が理解できず、自分もそうした感覚を持てない」ということについて、発達特性、つまり脳の情報処理の特性について語られることが多いのは、どのような言及・指摘なのか? 関連書籍などの情報を頼りに僕なりに集約・翻訳意訳すると、こうなる。

1:同調圧力に対してそもそも関心が薄い。
ASDの傾向として「みんながしていることと同じことをしたい」「みんなが良いと言っているから自分も欲しい・好きになる」といった『同調行動』の意欲がそもそも少ないことが指摘されており、逆にみんな(他者)の評価よりも「自分自身がそれを良いと思うか・感じるか」を重視する傾向が強い。その背景にある特性は「空気を読む」「暗黙の了解」などなどの社会的で直感的な情報処理が苦手なことで、だからこそ自分自身の感じ方・論理的な判断を優先する傾向が強いことが考えられる。

2:共感性や想像力がマジョリティ(定型発達)と異なる。
本来、他者が何に喜び、どうして興奮しているのかの理解は、相手の表情・視線・声の温度や高さといったノンバーバル(非言語的)な情報や、その場全体の空気感の流れ(文脈)から総合的に推測する認知的共感力によるものだが、発達特性の中にはそうした情報を瞬時・直感的にまとめること(中枢性統合)が苦手なことがあるとされており、それによって熱狂等の「背景にある理由」を全体的に感じ取ることができなくなる。

3:「自分と異なる興味関心」への想像が働きにくい。
人は他者の感情を想像する際に「自分だったらこの状況が楽しかった!」という自分自身の体験を下敷きにするが、そもそもASDの特性として指摘されることの多いこだわりの強さや、強く特定の関心事に没頭する傾向が強い場合、自身が興味関心を持てないターゲットを楽しむ者を見て「あの人はなぜそれを好きなのか」を自分自身の経験を下敷きに類推して直感的に想像することが難しい。

4:「流行」をどのようにとらえるかが違う。
周囲の空気や流行を「他者と共感するツール・社会的なつながり」として楽しんだり活用することより「合理性のなさ・実用性や存在する意味のない情報」として捉える傾向が強い。

などなど。ちなみにこうした情報を目にするとき、発達特性を肯定的文脈で語る資料(主に児童の発達支援関連)と、集団の中での困りごととして語る資料(職場やパートナーシップにおける「当事者との付き合い方」関連)の双方に目を通すことが中立的だと思うのだが、いずれにおいても「共感性がないとされながらも、自身がこだわる特定分野においては一般人より強い熱狂を示したり、共通テーマで熱狂する者同士の中で強い共感と連帯を示すケースが多い」といったことに言及されているのには、「お!」となった。それってまさに、コアな推し属性そのものじゃない? と思うからだ。

僕自身の「流行りに乗れない」心理と発達特性を対比してみると……

全てなるほど~であって、思わず鵜呑みにしたくなるが、問題はここで僕自身と比較するとどうかだ。はたして僕自身は自認は薄くともそれなりに特性があるがゆえに、「みんな」の流れに従うことができず、流行りを理解できず、世の流行や推し活文化の圧に耐えがたさを感じているのか?

ひとつひとつ、比較するとこうなる。

まず、「1」のみんな(他者)の評価よりも「自分自身がそれを良いと思うか・感じるか」を重視する傾向については、本連載でそのままのことを書いてきている。ただしそれは同調行動に関心がないとか、周囲の空気が読めないというより、同調しろ(自身の価値判断とは違うものにも従え)という圧力に対する強い反発のほうが背景だと感じる。

「2」については、熱狂の背景になる理由も分からないけれど、それより熱狂する人々を気持ち悪く思う、社会の熱狂を危険に思う(全体主義の復活的な意味で)気持ちの方が圧倒的に強い。これは何かの特性ベースというより、受けてきた教育や接してきた情報の影響が強いかもしれない。何かに熱狂する者を見る時、僕の心裏に常に浮かぶのは、「小さな日の丸を振る大量の群衆」という翼賛体制の絵図だからだ。マジ気持ち悪い。ただ反面、他者の興奮の雰囲気を読み取る認知的共感力が乏しいかと言われたら、ライブではモッシュの中に積極突入するタイプだし、あまり自覚的になったことがない。

ライブではモッシュの中に積極突入するタイプ。(写真/PIXTA)
ライブではモッシュの中に積極突入するタイプ。(写真/PIXTA)

「3」の解釈について、そもそもの感じ方が違うことによって、自身の体験や感覚が「他者に流用できない」という感覚なら、強くある。本連載2回目に書いたように、音楽視聴において幼少期からあったリズムやベースへの極端な耽溺だったり、スリリングなバトル展開ではなく物語描写がないと作品から脱落するといった傾向が強い僕は、あらゆる作品・創作物において何を楽しむのかレベルで「みんな」との乖離にモヤモヤし続けてきた。

「4」は完全に合致か? 僕自身は「流行りを他者とつながるツールとすることが正常・一般的」とするような風潮に強い拒否感情(心理的リアクタンス)を感じ、まさに「合理性や実用性のない情報」と認識しているからだ。

はてさて困った! 要所要所語られている文脈とは違う心理的背景があるにせよ、これでは僕が社会の流行りや熱狂についていけない理由が、ほとんど発達特性ベースで説明できてしまうみたいではないか?

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新刊紹介

鈴木大介

すずき・だいすけ/文筆業・ルポライター
1973年千葉県生まれ。主な著書に若い女性や子どもの貧困問題をテーマにした『最貧困女子』(幻冬舎)、『ギャングース(漫画原作・映画化)』(講談社)、『老人喰い』(ちくま新書・TBS系列にてドラマ化)や、自身の抱える障害をテーマにした「脳が壊れた」(新潮社)、互いに障害を抱える夫婦間のパートナーシップを描いた『されど愛しきお妻様』(講談社・漫画化)などがある。
2020年、「『脳コワ』さん支援ガイド」(医学書院・シリーズケアをひらく)にて日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞。近刊に『ネット右翼になった父』(講談社現代新書・新書大賞2024・5位)『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』(幻冬舎新書)など。

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