2026.1.24
テレビアニメ世代ど真ん中で『風の谷のナウシカ』のカセットとビデオを同時再生していた僕が「オタク」と一緒にされたくない理由
前回は連載のプロローグとして、「現代日本の『推し』文化がマジしんどいの、僕だけ?」をお送りしました。
今回からは本題に。なぜ著者が「推せない人」になってきたのか幼少期の体験から辿ってみる。
記事が続きます
前回は僕自身には「推し社会がしんどい」以前の問題として、
・「周囲のみんなが興味を持つものに興味を示すことができない」
・「なにかを好きになり応援したいと思うファン心理というものが完全に欠落している」
・「みんながイイというものをイイと感じる他者の感性や、他者の持つファン心理なども全く理解できない」
といった特性が子ども時代からあったとした。が、ファン心理や「みんな」と同じものを求めるという感覚が理解できない一方で、実は自分自身が良いと思えるものは確実に存在してきたし、一応日本に生まれ育って同世代と同じカルチャーを浴びて生きて来ている。
今回は、まずはそんな世代の文化から完全に脱落したように見える僕が、その世代のカルチャーのどこにピンポイントで食いついたのか、どこでどのように脱落したのかを、回顧してみたい。
オープニングテーマの子
幼児時代の僕は、一言で言えば、「オープニングテーマの子」だった。
1973年はテレビ世代、テレビアニメ世代のど真ん中だが、僕の中にある最も古い記憶は多分『宇宙戦艦ヤマト』であり、日曜夜フジテレビのカルピスマンガ劇場における『母を訪ねて三千里』であり、タツノコプロのタイムボカンシリーズ1作目である『タイムボカン』だ。
けれど実は僕、いずれも内容について明瞭な記憶は再放送や小説(ヤマトの小説はなぜかやたら読んだ)によって後付けされたもので、初視聴当時(2~4歳)についての記憶は、いずれの作品も「オープニングテーマにドハマりした記憶」に限定されている。
『宇宙戦艦ヤマト』のオープニングは、ヤバかった。
前奏で主旋律の管楽器を副旋律の管楽器が追いかけるところ、そして全パートが統合されたところで放射能に汚染されて見る影もない赤黒さの地球が浮かび上がる部分(つまり前奏だけ)で子ども時代の僕は全魂を持って行かれた。
言葉を持たなかった頃のあの感情は、やはり今になっても言語化できない。何かわからない、猛烈なカッコよさと、地球終わっちゃってるという猛烈な喪失感。そしてラストの「やーまーとー」のところで管楽器が声に合わせず一箔おいて裏拍で追いかける、そのタイミングのカッコよさに、幼児の僕は家じゅうを駆けまわって興奮を表現した。
当時幼稚園に地域の警察か消防の音楽隊がやって来てこのオープニング曲を生演奏してくれたのだが、「やーまーとー」の管楽器が裏拍でなくボーカルと同じ表拍タイミングで入って「なぜ偽物を演奏するのか」と憤慨しまくった(インストなので、一拍置いたら逆に違和感があったんかもしれん)。やっぱ説明のしようがなくておかしくなっちゃった記憶もある。
『母を訪ねて三千里』は、イントロの切ない旋律を寝る前に布団の中で脳内演奏しては、涙ボロボロ。『タイムボカン』は、同じコードで同じフレーズを刻み続けているベースラインが一音か二音だけ違うアクセントを入れたのちにコード展開すること、「いーち」の間に三拍入る(三連符)リズムとかが、カッコよくてカッコよくて、痺れまくった。
音「楽」には全く門外漢なので、語彙が貧困で申し訳ない。
ということで、幼少期における僕は、オープニングテーマに過集中して、その後の作品本体からは置いてけぼりになりがちだったが、この「置いてけぼり」を加速させたもう一つ大きな理由があった。
それが「バトルシーン」への感じ方だ。
同世代男子が好きな作品は「バトルシーン」でことごとく脱落
実は僕は物語作品のなかの「バトルシーン」について全く面白さを感じず、人物の関係性の変化とか抱えている問題の解決だとか自由の獲得・目標の達成等々といった「物語の本筋」を差し置いて長々とバトルシーンが続くと、作品そのものから脱落してしまう傾向が非常に強い(これは今に至るまでほぼ変わらず)。
これが、子ども時代の僕があらゆる戦隊モノ、特撮作品、ひいては『キャプテン翼』からも『キン肉マン』からも『ドラゴンボール』(特にZ)からも脱落した理由だ。
漫画ならばまだ、バトルシーンを読み飛ばして物語の筋のみを追うこともできなくないが、テレビアニメともなれば30分テレビにかじりついても物語が全く進まないということが往々にしてある。
最悪だったのは、当時の戦隊モノや特撮ヒーロー、子ども向けのロボットアニメの多くがまさにバトルシーン中心に構成されていたことで、一応毎回社会問題への風刺や仲間関係の亀裂と再生や自己犠牲みたいなテーマを乗っけてはいるものの、基本はチュドーンドカーン、ピンチ! 奪回! 勝利! 終了!の流れ。たとえ全編を通しての物語がある作品でも、一話一話からそれを感じ取れる作品はむしろ同世代の中では不人気だった。
畢竟、僕の幼児時代、同世代の男子が好きな作品について僕はオープニングだけの子となり、しっかり物語に入り込んで手に汗握れた作品は、ダントツで『キャンディ♡キャンディ』等のストーリーがしっかりした女の子向けアニメや『未来少年コナン』等であり……要するに男子がおもちゃ遊びやごっこ遊びで「あーそぼ」となる作品からは完全脱落なのだった。孤独である……。
カセットテープの子
そんなこんなで、小学校に上がるか上がらないかという段階で、僕はすでにテレビから脱落気味だったが、それを加速させたのが、「カセットテープ」というメディアとの出会いだった。
僕の実家では母が中高生向けの英語教室をしていて、当時リスニング教材のすべてはカセットテープ媒体、よって我が家には母が教材の編集に使うダビング環境もあった。この環境に当時昭和50年代前半の少年が出入りしていれば、彼らが「そのこと」に気づかないはずがなかった。
そう。
「鈴木先生の教室に行けば、音楽テープのダビングができるぞ!」である。
ネットもサブスクも遠い未来の昭和末期である。
少年たちが手に入れる音源と言えば、年上の兄弟や親戚とかその友達とか友達の友達とかが元音源(レコード等)からダビングしたものを、あちこちの学校の放送室や機材の揃った趣味人の年長者がいる家などでダビングにダビングを重ねて、長い長い距離と人の手を巡り巡ってくるものだった。
というわけで、毎日夕方になるとドヤドヤ年上の子どもたちが入ってくる我が家。中には授業の始まるずいぶん前の時間に駆け込んできて、短い時間で自作のミックステープ作りに没頭する悪ガキも現れる。

そして小学校に上がった年、その日は訪れた。
生徒の中でも特別やんちゃだった中学生2人組が幼い僕に「これやばい」状態でおかしくなっちゃう楽曲をいくつかセレクトして、余りテープに入れてくれたのだ。
入っていたのが、その年発売のYMO『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』から、「ビハインド・ザ・マスク」と「テクノポリス」と「ライディーン」。そして同年全米ナンバーワンヒットとなり後にラップやヒップホップの源流となったファンクの名盤、シックの「グッド・タイムス」と、ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」である。
小学校1年生で音多感症の僕にこのセレクトは、劇薬だったと思う。『タイムボカン』のベースラインでドキドキしていた少年に、バーナード・エドワーズのガチベースはむしろ猛毒の域だったかもしれない。
この電撃的な音のショックに、僕はテレビの前を捨て、ひたすらカセットテープで同じ音楽を聴いて聴いて聴きつくすことに時間を費やす子どもとなった。もちろんこの環境下、「リアタイで週1回しか聴けない」縛りだったテレビアニメのオープニングも録音対象となり、晴れて解禁聴き放題。それらもまたハードリスニングの対象となったのは言うまでもない。
記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)















