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敷かれたレールに「乗らない」のではなく「乗れない」……推せない者が現代日本を生きていくうえで生じる不利益と苦しみ

『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』(幻冬舎新書)『ネット右翼になった父』(講談社現代新書)など、実体験ベースに問題提起を続け支持を集める文筆家の鈴木大介さんによる新連載! 生まれてこのかた「推し」の対象がいたことがないという鈴木さん。「推し活」ブームのいま、あえて「推せない者のしんどさ」を言語化します。

前回「流行りに乗れない勢が「それって単なる逆張りですよね」「特別な感性の持ち主と思われたいアピですか?」とマウントされ、孤独を深めている件」では「それが流行しているから飛びつきたくない」という“逆張り心理”について考察しました。
今回は「推せない者」当事者である鈴木さんが半生を振り返り、敷かれたレールに「乗れない」ことへの絶望感と劣等感に至るまでの過程をたどります。

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「流行についていけない」ことが不利に作用し、強いコンプレックスを産み続ける

世間の流行に自然についていける心理が全く理解できない。国民的○○といった文脈や推し活文化等を耳目にするだけでもしんどさを感じる。前回までで、そんなモヤモヤの背景心理をじっくり掘り下げると、ただみんなが良いというものを良いと感じることができないという感性の問題だけではなく、流行りごとは知っているべきだ・それが常識だ・国民的○○=日本人なら嗜んで当たり前だなどと「強制される」ように感じることへの猛烈な反発心=「心理的リアクタンスの強さ」(社会・行動心理学の概念)があることが、最も納得のいく解として見えてきた。

僕には、たとえ結果がハズレでもアタリでも、流行っていようとそうでなかろうと、何を読み何を見聞きするかは自分で選びたいし、その良し悪しも最終的に自分自身の感覚で決定したい、誰の評価でもなく自身が感じた評価に従い信じたいという強い特性がある。

にも関わらず、周囲と言葉や常識が通じないことには、やっぱり幼い頃からずっと寂しさや疎外感を感じ続けてきた。かといってまた、自分を偽って「わかったふり」をするほどのコストを払って周囲に迎合する(いわゆる過剰適応する)気にも、まったくなれないのだ。

もうなんだか、しょうもないほど面倒臭い奴だと自分自身でも思うが、これは間違いなく生得的な性格だろう。ともすれば、単にわがまま、逆張り的性格、特別な感性アピなどと揶揄されがちな性格だろうが、そうなりたくてなっているわけでは、決してないのだ。

そして問題なのは、思い起こせばこの性格でしかいられないことは、僕が歩んできたあらゆる年代において極めて不利に作用し、強いコンプレックスを産み続けてきたということだ。

ここからはかなり闇回になるが、この性格ゆえの僕自身の黒歴史を回顧しよう。少し長くなるが、どれほどマイノリティであろうと、この特性でこの国と時代を生きていくうえで生じる不利益と苦しみを言語化し、同じような孤独感や排除を感じながら生きてきた誰かに届いて欲しいと願う。

集団登校、絵の具の使い方、いじめっ子に制裁…納得できないことには従えない

子ども時代、世界は解らないものばかりで恐ろしくて寂しくて、音楽だけが救いだった。
教室のみんなが話している共通言語が、みんなが当たり前にやってることを同じようにすることが、みんなと同じでいることが、本当に難しかった。

最も幼い記憶は、小学一年生だろうか?
担任が朝の会で、ヤクルトが近年例を見ない躍進を云々という熱弁をするのに対し、クラスの男子が一気に賛否両論でワイワイ盛り上がる理由が、全然わからなかった。ヤクルトが飲み物ではなく球団だということすら、全く興味がない僕にはわかっていなかった。
ただただ「僕だけがわからない」が寂しく、面白くないというより明らかに怖かった。

なぜ水彩絵の具を水で溶かなければいけないのかがわからない。絵の具のチューブ直接紙に載せて描いたほうがカッコいいのに、それをするとものすごく叱られた。

興味深い昆虫がたくさんいる畑や草っぱらのある道があるのに、上級生の後ろに並んで集団で登校する意味がわからず、たびたび道を外れて居なくなる、困った子とされた。

気の弱い女子を仲間外れにしている女子がいたのでモヤモヤしてその子の画版の紐を鋏で切ったら、当然のごとく大ゴトに。けれど悪いことをしている子に制裁をしてなぜ悪いのか、わからない。そして誰も僕がわかるようには説明してくれなかった。

10歳ごろからは、「わからない何かに従うこと」へのしんどさがどんどん増していった。必要性を理解できるルールには従える。みんなと同じように揃って歩く、揃って列に並ぶ、揃って膝を抱えて座るといったことがどうして必要なのかは、小学校中学年を担当してくれた若い女性教員が、放課後にマンツーマンの長時間で言葉を尽くして、僕自身が納得するまで話してくれた。彼女こそが恩師だったと思う。

けれども、後に、そこまで僕の納得に付き合ってくれる教員と出会えた事は、一度としてなかった。

上級生の後ろに並んで集団で登校する意味がわからず、たびたび道を外れて居なくなっていた。(写真/PIXTA)
上級生の後ろに並んで集団で登校する意味がわからず、たびたび道を外れて居なくなっていた。(写真/PIXTA)

5年生、今であれば大問題になりそうだが、担任が突然口にし出した男女平等という概念にどうしても納得いかず、女子のリーダー格と激しい議論を交わした(初恋の相手だった)。担任を交えて納得のいく議論を求めるも理解には至らず、手を焼いた担任が放課後に自宅を訪れたりもした。

小学校高学年では、まだ女子の方が背が高いケースも多いし、学力や授業に真面目に取り組む姿勢でも女子は圧倒的に男子より優秀で、足の速い女子は大多数の鈍足男子よりも俊足だ。その状況下、いきなり男女平等だからと押し付けられること、女性は男性よりも弱いから守らなければならないという強制に、僕は激しく反駁した。真に平等ならば、男が女を守るのもまた不平等ではないか? まるで現代における弱者男性の語りだが、10歳の僕に納得いくまで説明してくれた大人は最後までいなかった。

6年生、卒業式の日。その年度で何十年という職務を終えて定年退職するという担任教員に、その先生が勉強が苦手な生徒を立たせてみんなの前で愚弄することや説明をせずにルールを押し付けることについて「6年間の小学生生活であんたが最低の教師だった」という手紙を渡し、卒業式のあとで体育館の裏にこっそり野糞をぶっ放して帰った。

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鈴木大介

すずき・だいすけ/文筆業・ルポライター
1973年千葉県生まれ。主な著書に若い女性や子どもの貧困問題をテーマにした『最貧困女子』(幻冬舎)、『ギャングース(漫画原作・映画化)』(講談社)、『老人喰い』(ちくま新書・TBS系列にてドラマ化)や、自身の抱える障害をテーマにした「脳が壊れた」(新潮社)、互いに障害を抱える夫婦間のパートナーシップを描いた『されど愛しきお妻様』(講談社・漫画化)などがある。
2020年、「『脳コワ』さん支援ガイド」(医学書院・シリーズケアをひらく)にて日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞。近刊に『ネット右翼になった父』(講談社現代新書・新書大賞2024・5位)『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』(幻冬舎新書)など。

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