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「生きづらさ」のわかりづらさ

時代が変われば言葉も変わる。 そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。 かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。 言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。 近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。 【お知らせ】 2022年2月25日に、本連載をまとめた単行本が、『うまれることば、しぬことば』とタイトルを変えて発売されます!

言葉のあとさき 第14回

「生きづらさ」という言葉が流行っています。
「生きづらさを抱えたあなたへ」
 とか、
「生きづらい世の中に負けない」
 といった文を読む度に、「はたして私は、『生きやすい』のか『生きづらい』のか?」と、自問するのでした。
 性格は暗いしいつも少数派だしひねくれているし意地悪だし……ということで、
「ああ、生きるって楽しい!」
 と思ってきたわけではない。とはいえそれなりに楽しいこともあって、
「ええ、生きづらいんです私」
 と、堂々と言うのも、気がひける。というよりも、「生きづらさ」の正体が今ひとつ、私にはわかっていないのです。
「生きづらい」という状態は、主に若者にあてはまるのだと思います。五十代とか六十代にもなって、
「私、生きづらいんです」
 と真顔で言ったとて、
「えーとこの五十年の間に、その生きづらさを自分で解決することはできなかったんですかね?」
 と思われるのが関の山。
 まだ物心両面で生きるすべを確立していない時期にある人が、何となく心の晴れない日々を過ごしている時に、「生きづらさ」という言葉は適用されることは、何となくわかる。では昔は、生きづらさを抱えている人はいなかったのだろうか。
 ……と考えると、若者が抱きがちな悶々もんもんとした気分は、昔は「悩み」というシンプルな言葉で表現されていたのです。
 仲間はずれにされたといっては悩み、成績が今ひとつといっては悩み……ということで、若い頃は誰しも、悩み多き日々を過ごすもの。鬱々と悩んでいる若者がいたならば、大人達は「ま、若いから色々あるだろう」と、放置していました。人は悩むことによって成長していくのだから、と。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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