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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「個人的な意見」という免罪符

言葉のあとさき 第15回

 コロナ時代となってますます感じるのは、日本人が抱く「言い切る」ことに対する恐怖心の強さです。流行が始まって以降、
「そう遠くない未来に感染爆発と言えるような状態にならないとも限らないのではないか、という懸念が湧いてきます」
 とか、
「このままで行くと、医療崩壊に極めて近い状態を迎える可能性が出てこざるを得ないようにも思うのです」
 といった発言を、どれほど耳にしてきたことか。
 為政者も専門家も、はたまたコメンテーターも、二重・三重・四重に、「私は決して断言しているわけではありません。あくまで可能性を提示しているだけですんで、そこんとこは一つ、よしなに読み取っていただいて……」というムードで語るのを聞いて、コロナ流行という現象の輪郭をはっきり見たいのに見ることができないというモヤモヤが、胸の中に溜まっていきました。
 新型コロナが、人類にとっては未知のウイルスであるが故に、そう簡単に未来のことを断言できない、という事情はありましょう。はたまた、下手にはっきり言ってしまうと「むやみに恐怖心を煽った」と言われかねないので、過剰包装的な言葉遣いにならざるを得ないのかもしれない。
 何事もはっきり言わないというのは、日本人にとっては習慣、というよりは文化の一部です。直截的な表現をすると「思いやりがない」とか「ズケズケした物言い」などと言われるため、私達は子供の頃から、自らの意思をそのまま伝えることを避けてきました。出る杭は打たれるということも、生まれながらに骨身に染みているので、自分の意見の中の尖った部分は「かもしれない」やら「みたいな」といった緩衝材で丁寧にくるんでから、提示してきたのです。
 誰もが直裁的な言い方をしないからこそ発達するのは、相手の言わんとしていることを「察する」という能力。皆まで言うのは下品な行為であり、相手に皆まで言わせる前に聞き手が察しとるのが配慮というものなのでした。
 はっきりとした物言いをせざるを得ない時は、
「はっきり言って、それって違うと思うんですよね」
 などと、わざわざ「これから正直な気持ちを言わせていただきます」と仁義を切る、という風習も持っている我々。「正直言って」などというフレーズもあるのを見れば、「自分の意見をそのまま言う」ということは、日本人にとっては異例の事態なのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』など多数。

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