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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「本当」の嘘っぽさ

言葉のあとさき 第13回

 私が中高生の頃、
「うっそー」
「本当?」
 しか言わない若い女、というものが大人達から批判の対象となっていました。何を聞いてもその手の言葉を返してくるワンパターンさと、いちいち驚いてみせるカマトト(当時の言葉で言うと「ぶりっ子」)さ加減に、大人達はイラついていたのです。
 私自身、「うっそー」だの「本当?」だのと言っていた当事者であったのですが、どれほど揶揄やゆされようと、当時の、すなわち昭和末期の若い娘達は、気にせず「うっそー」「本当?」と言い続けたものです。それが流行り言葉であったからだけではなく、我々はそのように言うことが一種の礼儀である、と思っていた節がある。
「うっそー」「本当?」は、相手が言った言葉の真偽を疑い、確かめる意を持ちます。が、本当に真偽を疑っているわけではなく、「真偽が疑われるほどに私はあなたの発言に驚かされました」というニュアンスが、そこには込められています。
 たとえば、
「昨日、○○君と本屋さんでばったり会っちゃった!」
 と友達から言われた時に、「うっそー」「本当?」で返せば、クラスの人気者である○○君
と偶然会ったことを祝福する意味となりました。
「へーえ」
 とだけ返すよりも、友情にあつい受け答えとなったのです。
「うっそー」「本当?」は、すなわち、相手の発言に対して「今の話、面白かった」「いいネタ持ってるね!」という意を含ませることができる言葉でした。特に異性に対しては有効であり、
「昨日、学校でタバコ吸ってたら先生に見つかっちゃってさぁ」
 と言う男子に、「そうなんだ」ではなく、
「うっそー」
 と返してあげれば、彼の不良性に対する憧憬や賞賛の意が伝わります。
「いよっ旦那、学校でタバコを吸うとはさすがでげすなぁ」
 的な幇間ほうかん効果を、もたらすことができたのです。
「うっそー」「本当?」の他にも、「すごーい」「かわいーい」等も、我々にとっては身に染み付いた定型ワードでした。自分達は世の中において、芸者的な役割を期待されているのだと本能的に察知していた我々は、何にでもすぐ驚いたり感動したりする姿勢を示すことによって、世の期待に応えようとしたのです。
「うっそー」「本当?」は女子の言葉でしたが、時を同じくして台頭してきたのは、
「マジ?」
 という言い方です。江戸時代から、「まじめ」を「まじ」と略する言い方はなされていたようですが、昭和時代には、本気と書いてマジと読ませる漫画等の影響によって「本気マジ」が男子の間で広く使用されるように。
 その後、「真剣」と書いてマジ、となったりもしたのであり、
「俺……、マジでお前のこと、好きなんだ」
 と告白すれば、ふざけて言っているわけではなく真剣に、それもちょっとやそっとではなく大層好きだ、という意味になったのです。
「マジ」は、何かを聞いた時の驚愕や感動を表現する時にも、使用されるようになりました。それは女子にとっての「うっそー」「本当?」と同様の意味となり、次第に女子にも伝播していったのです。
 私達の世代は今でも、
「うそっ」
「マジ?」
 といった合いの手を、しばしば入れるものです。それらはもはや、口語界になくてはならないインフラと化したのみならず、スマホに「まじ」と入れると、変換候補として「本気」が出てくるほどに一般的な用語となっているのでした。
 相手の言葉が、「本当」であり「マジ」であるかをしばしば確認する我々は、自分の言葉も「本当」であり「マジ」であることをいちいち強調する必要にも、常に迫られています。たとえば「ありがとう」とシンプルにお礼を言うだけでは心許なくて、
「本当にありがとう!」
「マジでサンキュー」
 などと言うことによって、「この謝意は嘘ではないと証明しないと不安」という心理を皆さんは抱えてはいまいか。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』など多数。

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