よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第21回 女と白菜

 切り売りされていない丸のままの白菜を見つけることは、都会では奇跡に近い。
 先日、バスに乗ったときのこと。進行方向右手に、ちらちら白く光るものがある。焦点が合ってみるとやはり、白菜の大きな尻。八百屋の店先に視線を固定したまま、右手後方を振り返る。残りひとつ。次の停留所で降り、急いで引き返す。
「白菜、ください」
 エコバッグを広げながら声をかけると、
「持ってってよ、120円」
 聞き間違えかと思うほど、安い。

 わざわざ途中で降りてまで買ったのは、塩漬けにするためだ。この冬は白菜が安かったから、浅いのから古漬けまで、何べんも作った。なかでも一週間以上漬けて発酵させた白菜には、酸菜という呼び名があり、鍋に入れて煮込んだものは冬のたのしみのひとつだ。
 この酸菜を自分で作ると言うと、たいてい驚かれる。
 新鮮な白菜と清潔な密閉容器、それから塩を用意する。必要な塩の量(白菜の重量の3%)を知るために、白菜は必ず重さを量る──と言いたいところだけれど、白菜4分の1個に対して塩大さじ1と覚えておけば、たいてい問題ないと思う。
 まず白菜のお尻に十字の切り込みを入れたら、両の手でがっしり掴んで半分に割き、それをまた半分に割いて四等分する。白菜をせん切りにし、容器にどんどん放り込む。塩をふって、まんべんなく行き渡るようにかき混ぜる。表面をぐいぐいと平らにならし、水を加える。発酵に欠かせない水の「あがり」をうながし、失敗を少なくするためだ。
 ぴっちりふたをして、家のなかで一番寒い場所に置く。あとは発酵を待つのみ。2日めには発酵のはじまりを知らせる泡がプップッと出はじめる。待ちきれなくてふたを開けたときの、青りんごのような、メロンの皮のような、香りの軽やかさ。7日から10日経てば色が数段濃くなり、酸味とうまみをたっぷり抱えこんでいる。気温が高くなると発酵がうまくいかないことが多いから、この2月が作り納めだ。
 酸っぱく仕上がった白菜は、豚の甘い脂とともに鍋にする。
 鍋にごま油を熱し、細く刻んだ豚肉を炒める。塩と胡椒で薄く味をつけ、完全に火が通ったところに酸菜を加える。水を足して適度な塩みに薄め、ふたをして20分煮込めばできあがりだ。一番の調味料は、酸菜そのもの。薬味には、香菜とねりごまのタルタルを添える。白菜と豚の滋味が尽きることなく湧き出すようで、食べても食べても飽きるということがない。鍋の名前は酸菜香菜サンサイシャンサイ。軽快な響きの通り、胃にももたれない。
 初めて酸菜を漬けたときは、どうなることやらおっかなびっくりだった。でも、答えは目と鼻がちゃんと知っている。料理をしているとき、余計な考えが頭から締め出され、無心に近い状態になることがある。この白菜仕事もそういったもののひとつだ。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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