よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイです。


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今日は、これをしました 第10回

 ネコのしいが亡くなり、現在の私の年齢を考えると、ネコを飼っても最後まで責任を持って看取るのは難しく、使っていたものを順次処分している。それが結構、数があった。しいは気まぐれな性格だったので、飽きて別のものに買い替えても、また使うようになるかもと、残しておいたものも多かった。
 まず御飯用の食器が六個に、水入れ用の直径が大きめのものが一個。しいが十八歳になってからは、腰をかがめるのが負担になってはと、脚がついた高さ七・五センチのものを買ったのだった。しいはずらっと目の前に御飯を並べ、それをちょっとずつ食べるタイプだったので、一度に六個の食器を使っていた。水も日に三回は替えていた。それもブリタを通した水でないと飲まず、食器も水道水で洗った後、ブリタ経由の水で洗ったものでないと、御飯を食べなかった。なのでしいが匂いを嗅いで使用を認めたエコベールゼロシリーズの食器用洗剤で、毎日七個の食器を洗い、そのうえでブリタ水で流して拭くのを繰り返していたのだった。
 その他、晩年は使わなくなっていたオーガニックコットン製のドーム形ベッド、大きめの平たい爪とぎ、中に入れる円形の爪とぎ、横座りできる爪とぎ、病院につれていくときに使っていたキャリーケース、毎日、ブラッシングしていた豚毛のブラシ、金属製のくしなども処分した。意外に物持ちだったのねと感心してしまった。しかしなぜかトイレだけは処分する気にならず、ずっと置いてある。きれいにしてあるので、そこにしいが残しておいたものがあるというわけではないのだけれど、それが目の端にあると何となくほっとするというか、しいがいた証しになるような気がしている。
 仕事をしていてパソコンの画面から目を転じると、大量のお花に囲まれたしいの骨壺と、壁に貼ったり、フォトスタンドに入れた何枚もの写真が目に入り、しいがいたことはそれらで十分わかるのだが、自分でもどうしてトイレが処分できないのかわからない。大型なので処分が面倒くさいという気持ちも少しあるけれど、トイレは四十九日が過ぎたら、処分したい。またしいの骨の量に見合った小さなかわいい骨壺も買ったので、それを機に入れ替えてあげようと考えている。
 しいがいるときは、当たり前の日常の仕事としてやっていたのだが、いなくなっただけで、とても家事が簡便になったのには驚いた。朝一番でネコトイレの掃除をし、七個の食器を丁寧に洗う必要もなく、日に何度もあった、十五分から三十分かかる、ブラッシングやマッサージなど、それらが一気になくなったら、単純に時間が余るようになった。もちろんそれに対しては複雑な感情もあるのだけれど、もしかしたら子供が進学や就職で、家を出て行った母親の気持ちもこうなのかなと思ったりもした。
 また同居しているときはまったく感じなかったのだけれど、私がしいのことを常に考えていたのに気づかされた。たとえば物を床に置くとき、「ここに置いたら、しいが歩くのに邪魔になる」とか、机の上に本を積んだときには、「しいが下を通ったときに、もしも崩れたら大変」とか、いつもしいを中心に考えていたようだ。今でも、本を積み上げようとして、瞬間的に、
「あっ、しいの上に落ちたらいけない」
 と思い、その直後に、
「そうだった、今後はこういう心配をする必要はないのだ」
 と考え直す。そういう意味ではまだ慣れていないのかもしれない。
 私はしいが亡くなってから、不思議と涙が出なかった。
「人間でいえば百歳をゆうに超える年齢になるまで、風邪ひとつひかずに、よく生きてくれた」
 という気持ちだった。そんな話を友だちにすると、
「でも、あとからどんと来ることもあるから」
 といわれた。二十年以上前、友だちのネコは手術の途中で亡くなった。とても気の毒な状況だったので、飼い主の彼女を気遣って電話をすると、いつも明るく、
「大丈夫よ」
 といっていたが、ひと月後に寝込んでしまった。そういう現実も知っていた。しいの場合は、人間風にいえば、
「ご長寿さんがぽっくり逝った」
 状態だったので、彼女がネコを失ったときの気持ちとは、少し違っているのではないかと思う。私は毎日、淡々と過ごしてはいるが、現在の気持ちはひとことでいうと、「つまんない」である。しいは多くの場合、私を見下していて、いつも、
「何いってんの?」
 といいたげに、ムーミンのリトルミイにそっくりの目つきでじっと見ていた。気が向けば返事をするし、向かなかったらそっぽを向いている。そして自分が何かしてもらいたいときは、私がどんなに忙しくても、
「やってー、やってー」
 としつこく鳴き続け、私は仕事の最中でも手を止めなくてはならなかった。その日常のたいしたことでもない状況がなくなってしまい、悲しい、寂しいというよりも、「つまんない」という感情のほうが強い。
 しいが亡くなった直後は、毎日起こされていた、夜中と早朝五時に目が覚めていた。二十二年以上、続けられていたので、体にしみついていたのかもしれないが、最近は起きることも少なくなった。徐々に私自身のペースが戻ってきたようだ。夜、九時半すぎると、
「寝なさい」
 としいから指示されていたが、この時間に寝るととても体調がよいのは、そのおかげと感謝している。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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