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一人の時間を選べるという幸福もある【第16回 壁に向かって座る人々】

一人旅、一人暮らし、ソロ活。
縛られず、気兼ねなく過ごせる一人の時間は自由気ままで、得難い魅力があります。
一方で、孤独死、孤食、ぼっちなど、「一人」に対して、否定的なイメージがつきまとうことも否めません。
家族関係も多様となり、オンラインで会わずにつながる関係性も行きわたった昨今、一人=孤独というわけではないにもかかわらず…。
隣に誰かがいても、たとえ大人数に囲まれていても、孤独は忍び寄ってくるもの。
『負け犬の遠吠え』『男尊女子』『消費される階級』『ひのうえうまに生まれて 300年の呪いを解く』など、数多くの著書で時代を掘り下げ続ける酒井順子さんが、「現代人の孤独」を考察します。

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ずらりと並ぶ“面壁席”

え・たんふるたん
え・たんふるたん

 毎日のように、コーヒーチェーン(とはいえスタバなどの洒落てる系ではなく、質実なドメスティックチェーン)やファストフード店でコーヒーを一杯、飲んでいます。外出先や、スーパーで買い物をした帰りなどに寄るのですが、それはコーヒーを飲むためというより、本を読むための行動。他人の視線があると、自宅でよりも集中して読むことができるため、十五分でも三十分でも、寄りたくなるのです。
 その手の店では昨今、一人客の居場所が豊富に用意されているのでした。一人用の座席、それも壁に向かって座る座席の割合が、どの店でもぐっと増えています。
 壁に向かって座るといえば面壁九年めんぺきくねん達磨だるま大師だいしですが、コーヒーチェーンに一人で来る人は、悟りを求めているわけではありません。一人客達は、一人という状態を耐え忍んでいるのではなく、一人を楽しむために、より純度の高い一人感を覚えることができる“面壁席”に座っている。
 かつてのコーヒーチェーンにも、一人客が案内される席はありました。しかしその席は、壁を向いてはいなかった。一人客はかわいそうなので、人々の雰囲気を味わわせてあげよう、との配慮があったのかもしれません。
 対して今は、壁に向かってずらりと一人客が並ぶ面壁席が増加しており、その多くには、電源が設置してあります。一人客達はスマホやパソコンを電源につなぎ、存分に電子機器の画面を眺めている。
 ネットの時代になってから、人の一人耐性は、ぐっと強まりました。スマホなどの電子機器を使っての様々な楽しみに没入するため、あえて一人でいたいと思う人が増えたのであり、面壁席はその手の人達にオアシスを提供しています。
 コロナ時代以降は、リモートワークをする人も増えました。様々な場所で仕事にいそしむことができるようになり、そんな人も面壁席の愛用者です。
 私のように、面壁席で本を読む人は少数派ですが、かといって他にいないでもなく、新聞を読むおじいさんも含め、アンプラグドの活字派も、面壁席の常連さん。この席があるおかげで、一人でランチを食べたい高齢者なども、他人の視線を気にすることなく、飲食ができるようです。
 私は、読書喫茶(ブックカフェに非ず)にもよく行きます。そこは、とにかく最高の読書体験を客に与えたいとの意志を持つ店であるため、おしゃべりは禁止。となると必定、一人客しかいないことになります。沈黙の中で本を読む一人客だけの店内は非常に落ち着く空間であり、読書が進むことこの上ありません。
 そこで私が思うのは、「孤独感は、『自分だけが孤独』という時にのみ発生する」ということなのでした。
 面壁席がたくさんあるコーヒーチェーンや、一人客しか来ない読書喫茶において、一人でいるのは、何らつらいことではありません。むしろそれは、自由に好きなことができる至福の時間。読書喫茶においては、誰もが無言ではあるものの、そこはかとない仲間意識が醸成されてもいます。読書好き、そして一人好きの仲間達が、そこにはいるのですから。
 対して、カップルだらけの洒落たレストランやファミリーばかりのお好み焼き屋さんで一人であったなら、一人であるという事実は、つらいことでしょう。一人がつらいかつらくないか、それは周囲の環境によるのです。
 それは、人生においても同じことかもしれません。たとえば独身という状態は、学生のうちは当たり前のことだけれど、婚期が到来して皆が結婚するようになると、じわじわとつらいものに。
 また私のようにフリーの立場の者は、まっとうな会社員の中に入ると、自分だけ不安定な身の上のような気持ちになって、ちょっとした孤独感を覚えます。が、フリー仲間に会えば、「我々、何と気楽で良い立場なのだろうか」という気分になってくる。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

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