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「大陸系中華」とは何か?  足し算の美学を生み出した「名古屋」と「台湾」のエッセンス

「台湾」要素が加えられた理由

 実は2000年代前半に僕が初めて出会った初期ロットの「大陸系中華」は、そういうのともまた微妙に違っていました。
 安くてボリュームがあるのは同じですが、とはいえ少なくとも白目をむくほど極端なものではありませんでした。ラーメン付きセットはまだ無かったと思います。メニューに関しては後の大陸系同様、お馴染みの日式中華が中心でしたが、それ以外に2つの系統の料理が加わったものでした。「謎の台湾料理」と「見たこともない料理」です。
 台湾料理に「謎の」が付くのは理由があります。それは有り体に言えば名古屋の老舗台湾料理店〔味仙〕のメニューのパクりでした。〔味仙〕は台湾人が始めた店ですが、台湾料理を徹底的に日本人、というか名古屋人好みに改造した料理で、当時既に人気店として確固たる地位を築いていました。つまり味仙の料理は純正な台湾料理ではなく、そこから香辛料などの独特な香りは排除しつつ、はっきりと濃い味に仕立てた、言うなれば「名古屋式台湾料理」です。
 その店にはそんな味仙の人気メニューのいくつかがそっくりそのまま導入されていました。味仙の看板メニューである「台湾ラーメン」はもちろん「台湾酢豚」「手羽先(の甘辛煮)」「コブクロ(のカラシあえ)」などなど。そしてそこには、単に人気店の人気メニューをパクるという以上の意味がありました。なぜならその店は看板で大きく「台湾料理」を謳っていたからです。

イラスト:森優
イラスト:森優

 一説によると、当時は中国産食材のイメージがたいへん悪かったため、そのイメージを払拭するために親日国としてイメージも良かった台湾を標榜したということのようです。標榜する以上、台湾料理をメニューに置く必要があり、そこで日本人に好まれることが既に実証済みの「名古屋式台湾料理」を可能な限りたくさん並べた、というのがおそらくその真相。もはや雑なのか緻密なのかもよくわからないロジックではありますが、その逞しいバイタリティには脱帽です。
 ちなみにこの時期の初期ロット大陸中華店では、おそらくそれが全ての店で引き継がれましたが、その後全国に広がっていくにつれ「台湾味」が薄れてもいきました。今ではほとんどの店が素直に「中華料理」を標榜しており、それに合わせて、日本人好みの味とはいえ名古屋以外ではさほど馴染みがあるわけでもない名古屋式台湾料理はメニューから消えつつあります。
 そういう「台湾」を捨てた店でも、プラス200円でスープから変更できるラーメンが醤油ラーメンか台湾ラーメンの二択だったり、一品料理のメニューの中にさりげなく台湾酢豚やコブクロが潜んでいたりすることがあります。たまさかそれを目にすると、僕はなんだか街角で偶然学生時代の友人に会った時のような、懐かしさと感慨をおぼえるのです。

次回は10/28(金)公開予定です。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
最新刊は「よみタイ」での連載をまとめた『異国の味』。

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