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「20万なら安いもの」妻に突然ジュエリーを贈った夫…その裏に隠された本音とは(第6話 夫:康介)

そこには、康介も見覚えがある特徴的なフラワーモチーフのブレスレットが映っていた。

「え? ああ……そうだったかな」

ヴァンクリーフ&アーペルは、確かに麻美の好きなジュエリーブランドだ。彼女の希望でマリッジもエンゲージリングもそこで揃えた。また、記念日や誕生日がくるたびねだられるので、女性のファッションに疎い康介でもさすがに覚えている。

しかしなぜ瑠璃子がそんなことを知っている?

小さな不審を感じていると、康介の怪訝な表情に気づいた瑠璃子が少しばかり早口でこう付け加えた。

「私たち世代の女性は、だいたいヴァンクリが好きだから」

「ああ……そうなのか」

なんだ、そういうことか。一応の納得を得て康介はホッと胸をなでおろした。自分は彼女にどこまでプライベートを明かしたのかと不安になっていた。あまり口が軽いのでは弁護士としての資質に関わる。

「じゃあ、小坂さんも好きですか?」

「私?」

これは会話の繋ぎとして、他意なく尋ねた質問だった。だが彼女はまさか自分に質問が飛ぶとは思っていなかったらしく、丸い目をさらに丸くして康介を見た。瞳の奥が微かに揺れている。

「私は、別に」

しばらくして、彼女はぶっきらぼうに答えた。
矛盾した回答に気まずい沈黙が生まれたが、まもなく瑠璃子は「ああ、いや」と首を振り釈明を始めた。

「ヴァンクリがどうとかじゃなく、人とかぶるものが好きじゃないんですよ、私。オリジナリティのあるものが好きで」

そういう瑠璃子の耳元には個性的で大きなピアスが揺れていた。フリンジのようなデザインで、所々にカラフルなビーズが散りばめられている。

コンサバを好む麻美は絶対に選ばないし、康介の趣味でもない。しかしすべてのパーツが派手な瑠璃子にはとてもしっくり馴染み、彼女の奔放な魅力を引き立てている気がした。

「確かに素敵ですね、そのピアス。小坂さんによく似合う」

康介はお世辞を言う男じゃないし、気の利いたセリフで女性を称賛できるタイプでもない。ただ心からそう思ったので、素直に褒めた。

すると瑠璃子が意外な反応を見せた。普段は付け入る隙もなく威勢のいい彼女が、照れたような表情で俯いたのだ。

妻をただ支配したいだけという夫の身勝手な考え

瑠璃子にはプレゼント作戦を熱心に推されたが、別に言いなりになるつもりはなかった。

ただ康介としても「暇な主婦のくせに」などと少々言い過ぎた自覚はあり、謝罪のきっかけを欲していたのは確かだった。

(画像提供/shutterstock)
(画像提供/shutterstock)

それに、週末のホームパーティーにはどうしても妻に同席してもらいたかった。独立の相談をしている先輩夫妻に誘われた会であるし、二人は今後の自分たちにとってロールモデルとなる存在である。康介の思い描くビジョンを麻美と共有するのにもこれ以上の機会はない。

――20万くらいでコントロールできるなら、安いもんだよな。

そんな風に考えた康介はこの日、帰宅途中にヴァンクリーフ&アーペル銀座本店へ立ち寄ったのだった。

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新刊紹介

山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

Instagram●Lisa_fluffy
Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

オフィシャルサイト●安本由佳
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