2026.6.26
ホットプレートならではの制約が、家庭での焼肉に自由と進化をもたらした
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!
第4回は、すっかり家庭料理の「ハレ」のメニューとなった焼肉についてです。
お家焼肉 〜「現代の囲炉裏」を舞台に繰り広げられる、賢者たちの知恵〜
興味深いデータを見たことがあります。1970年以降、家庭用ホットプレートの普及率と焼肉のたれ販売数の折れ線グラフが、奇妙なくらい一致しているというものです。もっともこういうものは往々にして、「単なる擬似相関」であることも少なくないのですが、これに関しては偶然の一致だけでは片付けられないような気がします。
というのも、ホットプレート自体は1960年頃から販売されており、その後10年近くは鳴かず飛ばずどころか衰退傾向だったからです。そして家庭用焼肉のたれとして初の全国的なヒットとなった「エバラ焼肉のたれ」の発売が1968年。最初は苦戦したそうですが、その後は順調に売り上げを伸ばしていきました。その相関は、無いというほうが無理がありそうです。
いずれにせよ、現代の家庭で焼肉は定番料理であり、そこにホットプレートと焼肉のたれは欠かせません。そしてそれは、家庭における「ご馳走」のトップランクのひとつでもあります。前作『東西の味』でも書きましたが、かつてその地位にあったのは「すき焼き」でした。もちろん今でもすき焼きはご馳走であり、特に年末年始は人気が高まります。しかし1970年代以降、少なくとも平月においては、その座は徐々に焼肉に奪われていったということは言えるでしょう。
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さてそんな圧倒的勝ち組家庭料理である「お家焼肉」ですが、ある意味、難点も抱えています。それは、ホットプレートには限界がある、ということです。どうやっても焼肉屋さんの直火の網焼きほどはおいしく焼けない。これは宿命です。ガスを使用する直火タイプの焼肉専用コンロもあるにはありますが、焼ける面積も狭く、家庭の定番というよりはどちらかというと趣味の領域でしょう。焼きそばが作れないのも、お家焼肉としてはつらいところです。
もちろん家電メーカーはこのビハインドを少しでもなんとかしようと、鉄板の形状を工夫するなどの技術開発に余念がありません。しかしそれでもやっぱり限界があります。そして消費者側は、「いや、お家焼肉はお家焼肉で、あのホットプレートでいいんだよ」と、どこか達観しているようにも感じられます。
それは決して「諦め」ではなく、「大事なのはそこではない」という感覚なのではないでしょうか。家族でひとつのホットプレートを囲む。言うなれば現代の囲炉裏です。そしてみんなで一緒に肉や野菜を焼く。それは共同作業ではありつつも、鍋奉行のような仕切り役は特に必要としません。家父長制を排したリベラルな家族像がそこにあります。実に現代的と言えるでしょう。準備役――これは現代においても概ね「お母さん」ということになりますが――にしてみても、基本的には材料を切るだけ。普段の料理よりはずっと楽です。
材料費は、普段より余分にかかるでしょう。焼肉用の牛カルビは、決して安いものではありません。しかし何を焼こうと自由なお家焼肉は、材料の組み合わせ次第で、上手にコストを下げることも可能です。
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あるご家庭では、焼肉の日のために特売のソーセージを買い込んでいたそうです。二人いるお子さんはそのソーセージが大好物。自分で焼くのも大はしゃぎで、ひたすらそればかりをモリモリ食べていたのだとか。その傍らでご夫婦は、ちょっと張り込んだ牛タンや和牛カルビをゆっくり食べる、というのがいつものパターンでした。しかしある時子どもたちは、気まぐれに箸を伸ばした和牛カルビのおいしさについに気付いてしまいました。覚醒です。もはやソーセージでは誤魔化されなくなってしまったんですね。家計的にはちょっとした打撃ですが、これもまた子どもの成長です。そんな幸せの形。
中学生と高校生の食べ盛り男子二人がいるまた別のご家庭では、年々どれだけ肉を用意しても足らなくなっていきました。そこである時から、焼肉の日はから揚げもどっさり用意することにしたそうです。家族全員が食卓についても、ホットプレートにはまだスイッチを入れません。それはから揚げを全て食べ終えた後です。ご夫婦がひとつふたつつまみながらビールを飲んでいる間に、から揚げの山はあっという間に男子たちの胃袋に収まります。そこから本番がスタートです。
から揚げのコストは牛肉の数分の一ですが、実のところ、揚げたてのそれは焼肉にも劣らずおいしいものです。こういうのもある意味お家焼肉ならではの楽しみ方でしょう。そんな幸せの形。
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