2026.6.9
突然消息を絶ったチェチェン人のクラスメイトが残した「本当の言葉」を探して(第7回 後編)
その日はそれで帰ったが、ロシア語で同じ町を尋ね歩いたら、別の手がかりがあるかもしれない。そう思って、「実は、チェチェン人のクラスメイトを探しているんだけど」とロシア人の元クラスメイトのターニャを誘った。
するとこの、ロシアの愛国教育から逃れて息子とフィンランドに来たシングルマザーの友人は、「最近、フィンランドに亡命したチェチェン人の作家の講演会に行ってきたばかりだよ」という。紹介してくれたその作家の女性は、「チェチェンから来たと言っている人たちが語ることが、必ずしも真実とは限りません。実際にはチェチェンに住んでいなかったという人もいるのです。滞在許可や書類取得のために語っている可能性もありますし、一部だけが事実である場合もありますし、あるいは自分自身の経験ではなく、どこかで聞いた話である可能性もあります」と私に告げた。
そう言われてみれば、私は一度も現地に行ったこともないし、彼の話の裏付けをとったわけでもなかった。ただ、ウマルがチェチェン紛争での衝撃的な動画を一つ見せてくれたというと、彼女はすぐさま一つの映画のリンクを送ってきた。
「この作品はインターネット上で『実際の記録映像』として誤って使われることが非常に多いですが、すべて俳優が演じていて完全にフィクションの映画です」
私は半信半疑だったのだが、見てみるとその中にある不鮮明で本当に携帯カメラで撮られたように見える場面は、まさにウマルが私に見せてくれた「動画」だった。
あの動画は、どういう経緯で、どういう説明で見せてくれたものだったっけ……。私は自分がちゃんと、ウマルが話そうとしていたことを理解できていたのだろうかとノートを見返した。
15歳になったときに父から銃をもらい、それからは大人たちの食卓に座ったこと。
刀と装束を埋めた場所は息子たちだけに教えたこと。
幼い息子たちを連れ森に潜んで隣国ジョージアに逃げた、息詰まるような数日間のこと。
トルコでの生活や、ヘルシンキの空港で「私は政治難民です」と歩いたときのこと。
それらは全部、ウマルが本当に体験したように詳細に話してくれたと思うけれど、そうじゃない可能性もあると言われると否定はできない。私が取材としてこれまで聞いてきた話も、考えてみると、相手が話したい部分を話してもらっていただけかもしれないしと思い始めた。考えてみると私だって、自分に都合のいいことを、話しているのだ。
私はまた、フィンランド語の先生ユリアの言葉を思い出した。「話したくないことは話さなくていいですよ、本当のことを話さなくてもいいです」と。みんなが様々な事情を抱えて一つの教室に集まって勉強していることを、先生は経験から知っていたのだろう。ウマルについての消息を探しながら、林克明著『ロシア・チェチェン戦争の628日』(清談社)を読む。現地でのインタビューや生活を重ねたノンフィクションで、そこにはウマルが話してくれた暮らしや国境超えの描写で重なる部分がたくさんあり、ひきこまれた。ウマルが「自分たちはサムライと同じ精神を持っている」と言ったのは、彼らの中の共通認識だったことも知り、「ネトフリで『SHOGUN 将軍』見てクールだと思ったのかな」などと考えて悪かったなとも思った。
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私は、ウマルをまだ探している。次に会ったら聞いてみたい。今でも、すべてのロシア人を憎んでいるだろうか。フィンランドでの生活や仕事の中で、あれからいろいろなロシア人に出会ったかもしれない。中には、ターニャのようなロシア人もいることも知っただろうか。
もしかして誰かが経験したことを、自分の経験のように話した部分もあったのかもしれない。だとしても、「故郷が恋しい。でも自分の家族たちがいま、戦争の心配のないところに住んでいるから僕は幸せ」と話したウマルの言葉は本当だと、私は思った。
(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)

第8回前編は2026年6/23(火)公開予定です。
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