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「クルド人の親のところに生まれたというだけで、日本で差別にさらされるとしたら本当に悲しい」……SNSで目にするヘイト投稿に心を痛める異国の友人(第5回 後編)

フィンランドの首都・ヘルシンキにある「ヘルシンキ労働者学校」。
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。
前回に続き、クルド人のムハンマドの話をご紹介します。

第5回 クルドのムハンマド「国境は人間の頭の中にある」 後編

「キエリカハヴィラ」(語学カフェ)と呼ばれるフィンランド語などを学ぶ集まりは、ヘルシンキの多くの図書館で開かれている。開催頻度もレベルも様々だが、基本的には母語がフィンランド語のボランティアの人たちを囲んで、フィンランド語を話したい人たちが集まり、公共図書館のスペースでお茶を飲みながらおしゃべりをしたり、新聞記事について話したりできる無料の場所だ。特にフィンランド語を話す家族や友だちがいないという人には実践的な会話が練習できる貴重な場になっている。
 私は一度、ムハンマドに連れられて大きな図書館の語学カフェに参加したことがある。簡単なことも口から出てこずに苦戦したが、ゼロから習い始めて1年ちょっとのムハンマドが、参加者と顔見知りで、どこから飛んでくる質問にも、楽しそうに会話しているのを驚きながら見ていた。
 ムハンマドが「日本の女性たちは熱心にフィンランド語を勉強している。ワーキングホリデーで来ている人もいる」という。日本とフィンランドの間には、2023年8月にワーキングホリデー制度が始まっている。「どうして日本からフィンランドに来たのか聞いたら、『日本では女性に仕事がない』『職場でも男性が偉くなって、女性になかなかチャンスがない』というような話をしてくれた」という。私も、ワーキングホリデーを利用してフィンランドにきた知り合いがいる。彼女はワーキングホリデーのあと仕事をみつけ、フィンランドで生きる道を切り開いている。「いまは、日本にいたときと同程度の収入です。それでも、残業もないし、労働時間は短いうえ1か月の夏休みがあったりして充実しています」と話していた。

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 3年ほど前に、海外で仕事をしている、または仕事を探している日本の20代―40代の人たちを取材していたとき、看護師や保育士といった女性の多い職種の待遇の低さや、ルッキズム、同調圧力、多様な家族の形が認められないこと、子どもへのしつけや教育のプレッシャーが強すぎることなど、女性や母親たちの生きづらさが次々と語られた。そのときに書いた「日本人の海外永住者が過去最高の55万人、そのうち62%は女性」という記事を引用したカナダ放送協会(CBC)のネットニュースによれば、過去10年間にカナダに移住したアジア系移民の中で、女性の割合が76%とどこの国よりも高かったのが日本だったという。そこにも、女性たちが日本で感じてきた生きづらさと、それ以上に新しい環境に飛び込んでいくたくましさや覚悟が表れているようだった。ムハンマドがヘルシンキで出会った日本の女性たちの中にも、そういう人がいたのかもしれない。
 

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 ムハンマドはまた、日本にクルド人たちが住んでいることも知っていた。フィンランド語クラスにいたときには「ねえ、この間『マイスモールランド』っていう日本の映画を見たよ(日仏合作、川和田恵真監督)。見たことある? あの女の子、なんて可哀そうなんだ。好きな男の子もできたのに」と優しい顔を曇らせて感情移入していたこともある。
 そして最近では、SNSや日本のニュースで知った川口のクルド人排斥の動きに心を痛めている。フィンランドにいるクルド人にはイラク国籍が多いが、日本の川口にいるクルド人はムハンマドと同じトルコ国籍がほとんどだ。トルコの民族主義者たちがクルド人を装った偽のSNSアカウントを作り、「クルド人はどこでも問題を起こす」という主張を広めたくて、それを日本のユーチューバーやインフルエンサー、政治家などが利用しているのではないかと、ムハンマドは見ているようだ。

 日本にいるクルド人は2000人から3000人ほどと言われ、全員が埼玉県川口市に住んでいると仮定すると人口約60万人の0.3〜0.5%ほどだ。一方、川口市と似たような人口規模のヘルシンキ市でも、Helsinki Facts and Figures 2024によると、クルド語を母語とする人は人口の約0.6%を占める。ただ、市民の約2割が、外国語を母語としていて、その割合はロシア語(3.1%)、ソマリ語(2.1%)、アラビア語(1.5%)、英語(1.5%)、エストニア語(1.4%)、中国語(0.7%)、ペルシャ語(0.6%)、そしてクルド語だ。「フィンランド人ファースト」をうたう政党はあるが、特にクルドを対象にした排斥運動は見られない。「トルコでは、日本人というのは理性的で論理的で、勤勉な社会を作っていて、とても清潔で礼儀正しい人々だと思われている。僕もずっとそう思っていた。でもクルドのヘイトに関しては、ちょっと非合理で不公平じゃないかと思う。もちろん、ごく少数の人たちがそういう認識で、多くの日本人がクルドに対するヘイトを支持しているとは思わないけど」
「日本で生まれ育ったクルド人の子どもたちもいる。政治的な思想やイデオロギーもない、子どもです。それなのに、クルド人の親のところに生まれたというだけで、日本で差別にさらされるとしたら本当に悲しい」

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堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

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