2026.11.1
登山道自体がアトラクション! しかし「黒部に怪我なし」とは? 断崖絶壁に刻まれた黒部峡谷「水平歩道」【山の名&珍プレイス 第12回 前編】
本連載では、アウトドア雑誌や山登りの指南本、TV番組や各種イベント出演でもおなじみの山岳ライター・高橋庄太郎が、豊富な山経験をもとに、自分の足でわざわざ見に行く価値がある、こだわりの山の名スポット・珍スポットを紹介していきます。
日本を代表する大山脈が、北アルプス。槍ヶ岳や穂高岳といった標高3000mを超える高山が印象的ですが、高山があるということは深い谷もあるということ。その象徴が「黒部峡谷」。北アルプス中央部から富山湾に向かって激しく流れ落ちる黒部川が作り出す狭い谷で、稜線から河床までの高低差は2000mにも達します。本来ならば登山道などとても作れない場所なのですが、なぜかそこには断崖絶壁に線を引いたようなか細い道が……。それもなんだか歩きやすそうな「水平歩道」という名前なのです。
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“名プレイス”が集結する「黒部峡谷」を貫く絶壁の道
日本一の規模を誇る「黒部峡谷」。北アルプス奥地のワリモ岳を源流とする黒部川が大山塊を刻み込んだ狭い渓谷だ。富山湾に比較的近い宇奈月温泉には黒部峡谷鉄道の宇奈月駅があり、黒部川沿いにトロッコ電車で20kmほど奥の欅平までつながっている。もっとも、2024年の能登半島地震による落石で吊り橋が損傷したために運休が続いていたが、つい先日の10月1日に復旧し、再び誰もが黒部峡谷の風景を楽しめるようになったばかりだ。
だが、“黒部峡谷の核心部”から見れば、欅平はまだまだ手前。欅平の先にはここが日本とは思えないほどの恐ろしすぎる断崖絶壁の道「水平歩道」が続き、岩盤温度165℃にもなったというトンネルから流れ出る秘湯も存在している。そして、さらにその先には日本の巨大ダムの象徴、黒部ダム(黒部第四ダム)も。黒部峡谷は山中の「名プレイス」が目白押しで、見どころの豊富さは日本一といえるかもしれない。



この黒部峡谷を作り出す黒部川は、区間によって呼び分けられている。欅平を起点に上流方向へ見ていくと、欅平から黒部ダム下部までは「下ノ廊下」、黒部ダム上部から薬師沢までは「上ノ廊下」、薬師沢から源流部までは「奥ノ廊下」といわれ、かつては「中ノ廊下」といわれていた区間もあったが、現在は黒部ダムで水没している。つまり、「水平歩道」を下流方向から歩くには欅平を起点として、下ノ廊下をたどることになる。ただし、欅平から水平歩道に入るには、はじめに350mほど登らねばならない。

欅平からいったん標高を上げてしまえば、やっと「水平歩道」が始まる。とはいえ、はじめのほうは思いのほか起伏もあり、「そんなに水平か?」と思うかもしれない。断崖絶壁さを感じるスポットも少ないのである。だが、進むにつれて“水平”たる名称の意味と、断崖の恐ろしさを肌身に感じるようになるはずだ。


全長13km! 物資運搬のために危険を承知で岩盤を開削
ところで、水平歩道はなぜ「水平」なのか? じつは水平歩道という存在は、黒部川の電力開発と密接な関係がある。密接どころか、そのものといってよい。
第一次世界大戦後の激変する世界情勢のなか、日本は国力の増大化の必要に迫られ、なかでも電力開発は切迫する大きな課題だった。そこで黒部川の奥深くに水力発電を目的としたダムを建設する計画が立ち上がる。だが、険しすぎる地形によって資材を運ぶためのルートがない。そこで1920年に東洋アルミナムという会社が岩盤を切り開いて完成させたのが、この水平歩道なのである。重い資材を人力で運ぶための道ゆえに、幅こそ狭いながらも可能な限り水平にされているのだ。森のような場所とは異なり、自然の地形を利用できないために岩を開削せざるを得ず、結果的に水平にしやすかったともいえるかもしれない。傾斜が一切ない垂直の絶壁では「コ」の字型に岩をくり抜くしかなく、難航した工事中には転落事故が多発し、多くの犠牲のもとに完成した道なのであった。

水平歩道の大半の区間では、道幅がせいぜい1m程度。狭い場所では70㎝程度だ。ときには丸太を組んだだけで、その下が完全に宙に浮いている場所すらある。また、水平歩道の標高は950mほどで、黒部ダムの河床はそこからさらに数百mも下だ。先に“欅平からはじめに350m登る”と書いたが、欅平駅は黒部川よりも高い位置にあるので、欅平付近でいえば水平歩道と黒部川の河床の標高は400mほど。上流に行くにしたがって標高差は少しずつ減っていくとはいえ、恐ろしいばかりの高低差だ。場所によっては崖側が木々の緑で覆われていて、一見では自分が急峻な絶壁の上に立っている実感が出てこないが、そこから転落したら運よく幹や枝に引っかからない限り、簡単に数百m転落してしまう。だから、転落したら即、死亡事故につながるのである。

それゆえに昔から伝わる言葉が「黒部に怪我なし」。黒部峡谷で転落すれば簡単に死んでしまい、怪我で済むことはないからだ。実際、死亡事故が多発し、怪我程度で終わることは稀。それどころか、怪我でも死亡でもなく、そのまま行方不明になってしまっていることも珍しくはない。崖の下に落ちれば、遺体すら見つからないというわけである。
僕は水平歩道を何度も歩いているが、初めて足を踏み入れた30年ほど前、不用意に転んだことがある。よそ見をしていたのか、岩につまずいてしまったのだ。倒れ込んだ体の片足は完全に歩道からはみ出し、その下は宙に浮いていて……。幸い、そこはそれほど急峻ではなく、数m下は緩やかで草木が繁茂していた。万が一滑落しても怪我で済んだだろうが、それ以来、慎重に慎重を重ねて水平歩道を歩くようにしている。
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