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富士山本宮浅間大社の私有地ではあるけれど……。どこまでが静岡県で、どこまでが山梨県?「県境がどこにもない」富士山のある部分【山の名&珍プレイス 第8回 前編】

登山といえば、目的地はやはり山頂? いや、山頂以外にも目指すべきおもしろい場所はたくさんあるのです! それは、怪奇現象が起きる不思議な場所だったり、ユニークな逸話がある名所だったり、見たこともない大木や不思議な形をした巨岩だったり……。
本連載では、アウトドア雑誌や山登りの指南本、TV番組や各種イベント出演でもおなじみの山岳ライター・高橋庄太郎が、豊富な山経験をもとに、自分の足でわざわざ見に行く価値がある、こだわりの山の名スポット・珍スポットを紹介していきます。

やはり富士山は日本一。大地の上にドンとそびえる独立峰はまさに日本の象徴で、ずっしりと神々しいあの雰囲気に加え、古くから積み重ねたユニークな歴史は、富士山を日本どころか世界でも唯一無二の存在の存在にしています。この標高3776mの日本最高峰は、大雑把に言って、太平洋に面した南側を静岡県、内陸に面した北側を山梨県が占めています。しかし、なんと現在の富士山の山頂部分は「どこまでが静岡県で、どこまでが山梨県なのか決まっていない」という“県境未確定地”。日本一高い場所にいながら、自分が何県にいるのかまったくわからないのです。どうしてそんなことになっているのでしょう?

バナー・本文写真/著者提供

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なんと、富士山の山頂部は「富士山本宮ほんぐう浅間せんげん大社」の私有地!

 多くの人が「一度は登ってみたい」と思うのが、あの富士山。左右に裾野を延ばす秀麗な姿に憧れている人は非常に多い。2025年に富士山に登った人の数は、環境省の調査によると、20万5100人。これは山開きの7月1日から山閉めの9月10日までの合計である。山頂までの登山道は吉田ルート、須走すばしりルート、御殿場ルート、富士宮ルートに分かれ、このなかで登山者がもっとも多いのは吉田ルートの12万1068人で、次に多いのが富士宮ふじのみやルートの5万5121人だ。もっとも、これは山頂まで登った人の数ではなく、八合目に設置された赤外線カウンターによる測定で、機械の不具合による欠測が生じた日の分は推定数値を加算しているなど、ある程度の誤差はある。

吉田ルートと須走ルートが合流してからの九合目(3600m付近)に位置する迎久須志之(むかえくすしの)神社の鳥居。ここまで山頂が近付くと、頭上の青空はますます大きくなってくる
吉田ルートと須走ルートが合流してからの九合目(3600m付近)に位置する迎久須志之(むかえくすしの)神社の鳥居。ここまで山頂が近付くと、頭上の青空はますます大きくなってくる

 吉田ルートは山梨県側に登山口(吉田口)があり、富士宮ルートは静岡県側に登山口(富士宮口)があるように、富士山は静岡県と山梨県という二つの県にまたがる山だ。しかし、それらの県境が山頂部のどこに引かれているのかを知る人は少ない。少ないどころか、いるはずがないのだ。なぜならば、そもそも「引かれていない」のだから。普通に想像すると、山頂部分を二分するように県境がありそうなものなのだが……。

 いったん話が少しずれるが、富士山の山頂部は、静岡県、山梨県のどちらに帰属するかどうかという話の以前に、そこは「富士山本宮浅間大社」の私有地だ。さかのぼること江戸時代の安永8年(1779年)に江戸幕府が正式に認めているのだから、由緒正しい。その後、第二次世界大戦後にはいったん国有化されたものの、富士山本宮浅間大社が土地の返還を国に提訴した結果、1974年の最高裁判所の判決で、富士山の山頂を含む八合目以上の所有権は富士山本宮浅間大社が持つと確定した。富士山の八合目以上の面積は約120万坪(約396万㎡)もあり、陳腐な例で比較すれば東京ドーム約85個分にもなる。

本宮が富士宮市にあるならば、山頂の奥宮は……

 富士山本宮浅間大社は日本中に点在する浅間神社の総本社で、その“本宮”は静岡県の富士宮市に位置している。だが、“奥宮”がある山頂や八合目以上の私有地までが富士宮市に帰属するわけではない。この連載で以前ピックアップした飯豊山いいでさんでは、山頂部での県境設定の際、飯豊山神社の本宮が福島県にあることから奥宮がある山頂部も福島県となったという歴史を持っているが、富士山では県境を決定することに神社の力は影響していないのだ。

山頂に近い登山道の看板。黄色が吉田ルートで「山梨県」、赤が須走ルートで「静岡県」と記載されている
山頂に近い登山道の看板。黄色が吉田ルートで「山梨県」、赤が須走ルートで「静岡県」と記載されている

 話を戻そう。地図をよく見ると、どの部分が“未確定”なのか把握できる。富士山の山頂は直径500mを超える大きな火口になっており、このお鉢といわれる火口の外輪山を一周する登山道がつけられていて、その最高地点が「剣ヶ峰」といわれる標高3776m地点だ。

“お鉢”の東西で異なる、静岡と山梨の県境の位置

 この登山道をぐるりと回るのが、いわゆる“お鉢巡り”である。このお鉢の西側の縁までは県境が延び、北側が山梨県で、南側は静岡県。そこだけを見ると、お鉢付近だけが県境未確定なのかと思う。だが、お鉢の東側を見ると、どこにも県境はない。じつは東側で県境が明確になる位置は、お鉢からはかなり離れており、須走ルートの登山口になる須走口から北西に1kmほどのポイント。高さでいえば標高1800mだ。お鉢の西側の県境がはっきりとしている地点との標高差は2000m近くにもなり、直線距離にして5.5kmくらい。これだけの場所が“どこが県境かはっきりしない”曖昧なエリアなのである。

 そもそも、江戸時代の地誌『甲斐国志』には「八合目より頂上に至りては両国の境なし」と記載されているというから、富士山の山頂付近の県境(当時は国境)は大昔から存在しなかったようだ。ただ、現状では西側は八合目どころか十合目(お鉢の部分)まで県境が確定し、それとは反対に東側は五合目よりも下まで県境が確定していないのが少し不思議である。

 富士山の八合目以上が富士山本宮浅間大社の私有地であることと、県境が未確定になっていることには、直接的な関係があるわけではない。神域であったとしても行政的区分として県境の線引きを行なうことに問題があるわけではなく、むしろ普通のことだ。ただ、江戸時代から「両国の境なし」としてきたために、近代になって両県が県境を決定しようと試みたときにさまざまなトラブルや利権問題が生じてしまい、県境確定がスムーズに進まなかったようである。だから間接的であるとはいえ、富士山本宮浅間大社は両県の県境問題に大きな影響を与えてしまったのであった。

紫が山梨県と静岡県の県境。その間の須走ルート付近は県境が途切れていることがわかる。(出典:国土地理院ウェブサイト / 地理院地形図をもとに加工)(YAMAP <a href="https://yamap.com/mountains/14" rel="noopener" target="_blank">YAMAPの当該箇所はこちら</a>)
紫が山梨県と静岡県の県境。その間の須走ルート付近は県境が途切れていることがわかる。(出典:国土地理院ウェブサイト / 地理院地形図をもとに加工)(YAMAP YAMAPの当該箇所はこちら

須走ルートは静岡県、吉田ルートは山梨県。県境未確定地はそれらの間に

 だが、現地での看板を見るとわかるように、環境省では吉田ルートを山梨県、須走ルートを静岡県の管轄にしている。そう考えると、須走ルートよりも少しだけ北のほうに、ぼんやりとした県境が浮かび上がってくるように思える。

吉田ルートでは道標の柱に「環境省 山梨県」と書かれている
吉田ルートでは道標の柱に「環境省 山梨県」と書かれている

 ちなみに、吉田ルートと須走ルートは「本八合目」といわれる八合目と九合目の間の地点で合流し、1本の登山道となって十合目である山頂部のお鉢へと向かう。つまり、本八合目と十合目の間はシーズン中に毎日2~3000人の登山者が通過するという大交通路であるというのに、歩いていると自分がどちらの県にいるのか、まったくわからない状況に陥ることになる。

吉田ルートと須走ルートが合流してからの“県境未確定”の登山道。登山者がたくさん登っていて、小さな点のように見える
吉田ルートと須走ルートが合流してからの“県境未確定”の登山道。登山者がたくさん登っていて、小さな点のように見える

 また、西側の県境がお鉢で途切れている以上、登山道を登り詰めてお鉢を歩いているときも、どちらの県に自分がいるのかははっきりしない。

県境未確定の登山道で最後に階段を登り、何度目かになる鳥居をくぐれば、とうとうお鉢に出る
県境未確定の登山道で最後に階段を登り、何度目かになる鳥居をくぐれば、とうとうお鉢に出る
山頂の火口は直径500m以上。近くによると写真に入りきれないほど巨大だ。いちばん奥の小高い場所が標高3776mの最高地点、剣ヶ峰である
山頂の火口は直径500m以上。近くによると写真に入りきれないほど巨大だ。いちばん奥の小高い場所が標高3776mの最高地点、剣ヶ峰である

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高橋庄太郎

たかはし・しょうたろう
山岳/アウトドアライター。1970年宮城県仙台市生まれ。高校の山岳部で山歩きを始め、出版社勤務後の2年間の無職時代には国内外のアウトドア旅へ。その後フリーランスのライターとなり、ウェブメディアや雑誌を中心に執筆活動を続けている。近年はイベントやテレビへの出演も多く、アウトドアギアのプロデュースも手掛けている。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、『トレッキング実践学』(ADDIX)、共著に『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など多数。

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