よみタイ

おじさん、縄跳びを買う~嗚呼、我が青春の二重跳びをもう一度~

 そうとなれば善は急げ、早速縄跳びを買いに行こう。百均で購入できる安価なものにしようかとも思ったが、どうせならちょっとだけ良い物を買いたい。私の足はドンキの健康用品コーナーへと向かった。費用をあまりかけたくないという先ほどの話とは全く辻褄が合わないが、それはそれこれはこれなのである。

 通常の縄跳びに加え、フィットネス用、筋力トレーニングに適した重量感があるものまで、まことさまざまなタイプの縄跳びが販売されている。私が知ろうとしなかっただけで、時代と共に縄跳びもちゃんと進化を遂げていたんだなぁと胸を熱くする。
 子供の頃に使っていたのは確かビニールロープ製の縄跳びだったか。赤、青、黄と色とりどりのものがあり、派手な色を使うといじめっこに目を付けられるんじゃないかと思い、地味な色の縄跳びを愛用していたのを思い出す。
 何のしがらみにも囚われることなく、自分の好きな縄跳びを買える。大人になってよかった。これぞ本当の大人買いというやつだ。

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 吟味に吟味を重ねた結果、シックな黒のビニールロープのものを購入。ロープの中にワイヤーが通っているので、ちょっとやそっとのことで切れることはなく、型崩れもしない。グリップの部分はスポンジ製になっており手首にかかる負担も軽減される優れ物だ。これが980円とは価格破壊もいいとこだ。いや、そうでもないか。
 マイ化粧水、マイ爪切り、マイリップクリームに続き、マイ縄跳びまで手に入れた。残された人生の中で、あとどれだけの「マイ〇〇」を手に入れることができるんだろう。
 

マイ縄跳び。
マイ縄跳び。

 お気に入りのTシャツとユニクロのスウェットパンツに着替え、さあ行かん、ウン十年振りの縄跳びへと。
 ところが、ここで思わぬ誤算。縄跳びをする場所として考えていた近所の公園が思ったよりも多くの人で賑わいを見せていたのだ。家族連れ、小さな子供たち、散歩を楽しむ年配者の方々など、平日でもこんな混み具合とは知らなかった。周囲の目を気にしながら太っちょおじさんがドタドタ縄跳びをするのはちょっと気恥ずかしい。

 よし、一旦退却だ。
 自宅に戻り、YouTubeで縄跳びのコツを説明している動画を見ながら時間を潰し、人が少なくなり始める晩飯時を見計らって先ほどの公園へ。すでに薄暗くなった公園には人っ子一人居やしない。
 いざ、舞台は整った。
 若干のブランクはあれども、勘はすぐに取り戻せる。あや跳び、交差跳び、二重跳び、そしてハヤブサ(二重あや跳び)や大車輪(二重交差跳び)までやってのけてみせようぞ。待たせたな、縄跳びの天才が永い眠りから目を覚ましたぜ。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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