よみタイ

おじさん、縄跳びを買う~嗚呼、我が青春の二重跳びをもう一度~

跳ぶ爪切男。
跳ぶ爪切男。

 前跳び30回のあと後ろ跳び30回の1セットを何回かローテーションするうちに身体が熱を帯び、体に乳酸が溜まってくる。久しぶりだな、この感じ。一種のナチュラルハイ状態に陥った私は、このままの勢いで二重跳びに挑戦をしてやろうといきり立つ。

「昔のようにまた二重跳びを跳べたら、新しい自分に生まれ変われそうな気がする」

 気合を入れ直し、グリップを握る両手に力を込めたところで、同棲中の恋人の顔がよぎる。もし着地に失敗してしばらく歩けなくなったりしたらあいつ怒るだろうな。それともこんな私のために泣いてくれるだろうか。
 そんなことを思うと、なかなか踏ん切りがつかなくなる。これはあれだ。今年引退をした天才プロレスラー武藤敬司の引退試合のワンシーンと同じだ。武藤の代名詞ともいえる「ムーンサルトプレス」を飛ぼうとコーナーポストに昇った際に、両膝に爆弾を抱える武藤は「家族の顔がちらついて……飛べなかったよ」と技を出せないままに終わったのだ。
 プロレスと縄跳び。シチュエーションはまるで違えど、あのときの武藤の気持ちが私にも少しわかった気がする。

 もう無理なんてしなくていい。限界なんて追わなくていい。今の自分にできることを精一杯続けることが大事なんだ。大切な人に心配をかけてまで手に入れたいものなんてそんなにないはずだ。
 若い頃に比べて体力が落ちたとか、できないことが増えたとか、そんなことをいちいち嘆く必要はない。できないことがあるからこそ、できることを工夫してやっていくんだ。できないことは誰かに頼ってもいい。それが新しい生活、新しい人生に変わっていく。
 できないことを楽しむことこそが、これから先の人生を生きていくための最大の秘訣に違いない。

 ネットや巷に溢れている「少しずつでもいいから前に進めばいい」とかそういうポジティブな言葉や風潮はもううんざりだ。前に進めなくてもいい、後ろを振り返る余裕がなくてもいい。縄跳びを跳ぶようにその場でピョンピョンと跳び続けることが大切なんだと私は思う。
 
 結論、できないことが増えてからの方が人生は楽しい。ゆえに私の人生はこれから先もずっとずっと全盛期なのだ。
 久しぶりの縄跳びは私に大切なことを教えてくれた。でも本音をいえば、もうちょっと練習をして二重跳びには再チャレンジしたいと思っている。

バテた爪切男。
バテた爪切男。
(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は11月26日(日)配信予定です。お楽しみに!

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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