よみタイ

人生も残り少なくなってきたので、苦手なキノコを食べてから死ぬことにした

 深い感謝と共に、この女にはかなわないなという畏敬の念を改めて覚える。こういう素敵な嘘をお互いについていくことが、愛する人と生活を共にしていく上で大切なんだろう。しょうもない嘘しかつけないダメな私が彼女のためにできる償い。それは正々堂々とキノコを食すことしかない。
 自炊をしていると言っても、そのほとんどを彼女に頼り切りで、私にできる料理と言えば焼きそば、卵焼き、目玉焼き、ウインナー炒めといった簡単なものしかないが、ここは一念発起して、私自らの手で美味いキノコ料理を作ってご馳走してあげよう。愛は偏食に勝つ。愛はキノコにも勝つ。

 ということで、近所のスーパーにて食材を調達。キノコなんて買ったことがないので、視界に捉えたキノコを全て買い物かごに放り込む。シメジ、エリンギ、マイタケに因縁のシイタケなどキノコが大豊作である。
 今回作るのは「アサリとキノコのスパゲッティ」だ。鍋で茹でるのではなく、耐熱容器に水と塩とパスタを入れてチンするだけで手軽にパスタを茹でることができるので、あとは好きな具材と、市販のパスタソースを混ぜ合わせて出来上がり。これなら面倒臭がりで料理経験の少ない私にでも出来るはず。健康に気を遣い、低糖質パスタとして知られるこんにゃく麵を購入。ゼリーにスポンジにパスタ、世の中には沢山のこんにゃくが溢れている。

 まずはキノコを私が食べられるサイズに切り刻む。包丁の取り扱いには不安が残るので、料理用ハサミを使い、キノコたちを親の仇のようにこれでもかと切って切って切りまくる。

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 次に、切ったキノコをフライパンで炒める。キノコ特有の匂いを抑えるため、料理酒、しょうが、にんにくを投入。「野菜も食べないとダメでしょうが!」と、彼女の手でピーマン、ニンジン、タマネギも横から加えられる。充分に火が通ったところで大好物のアサリをイン。パスタソースに入っている量では到底満足できないので、追加でアサリを買ってきた。
 自分でも呆れるくらいにアサリが好きだ。アサリへの愛が暴走し、アサリをペットとして飼ったことさえある。2回ある。1回目は小学生のとき、幼かった私はアサリに適した住環境を用意できず、乱歩と名付けたアサリはあえなく死亡してカラスの餌になった。
 2回目は三十代の頃、大人の財力とインターネットの情報をふんだんに用い、玄武、白虎、青龍、朱雀と名付けた〝アサリ四天王〟をうまく飼育できていた。溺愛するあまり、当時同棲中の恋人をほったらかしにしてしまい、「アサリより私を大事にしろよ!」と逆上した彼女によって、彼らは蒸し焼きの刑に処されてしまった。

 アサリとシイタケがフライパンの中で混じり合う様子を眺めながら、ふと思う。このフライパンの中身こそが、私のこれまでの人生を投影している。大好きなもの、大嫌いなもの、隣にいてくれる彼女への愛情と申し訳なさがごちゃ混ぜになってひとつの料理になろうとしている。人生も同じ。いろんなものがごちゃ混ぜになってこその人生だ。人生は単純じゃない。愛は単純じゃない。料理は単純じゃない。もしかしたら料理の最大の隠し味ってのは、それを作る人の人生経験なのかもしれない。

 仕上げに、レンジでチンしたこんにゃくパスタとパスタスープをよく混ぜ合わせ「たっぷりアサリと山盛りキノコのスパゲッティ」の完成だ。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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